142.異種移植の新しい展開:ブタの心臓を初めてヒトに移植

ブタの臓器を用いる異種移植は臓器不足の混本的解決策とみなされ、20世紀終わりから、活発な研究が行われてきた(本連載12677)。異種移植の歴史から現在にいたるまでの経緯や問題点は、1999年に出版した拙著『異種移植―21世紀の驚異の医療』(河出書房新社)で紹介したが、21世紀に入って異種移植の試みは急速に進展している。

2021年には、ニューヨーク大学でブタの腎臓を脳死者に移植し、レシピエントが人工呼吸器につながれている間、拒絶されることなく、正常に機能することが確かめられた(1)

一方、解決が困難と予想されていたブタ臓器からのブタ内在性レトロウイルス(PERV)の感染リスクについては、ゲノム編集の技術が開発され、早速PERVフリーのブタの作出に応用された(本連載101)。それとは別に、糖尿病治療のためにマイクロカプセルに入れたブタの膵島(インスリン産生細胞)を移植する臨床試験が、2009年、ニュージーランドで行われ、PCR検査、抗体検査いずれでもPERV感染の徴候はみられなかった(2)。そのほか、ヒヒでの実験成績などが蓄積してきたことから、ゲノム編集でPERV遺伝子を破壊しなくても臨床試験が可能と主張した総説も発表されている(3)

2022年1月10日、初めて、ヒトの腹腔内へのブタの心臓が移植された。ついに、ブタ臓器の移植が、動物実験からヒトでの試験という新しい局面に入ったわけで、多くのメディアで報道されている。その主な内容を整理してみる (4-7)

ブタの心臓移植を受けた患者は、メリーランド大学病院に入院していた57歳男性のデイヴィッド・ベネットである。彼は、致命的な不整脈で6週間以上入院していて、人工呼吸器(体外式膜型人工肺、エクモ)につながれていた。

メリーランド大学の心肺移植計画のリーダー、バートレイ・グリフィスは、2021年12月食品医薬品局(FDA)に、ベネットが末期の心臓病で、心臓移植も、人工心臓も不適格と判断されていて、ほかに選択肢がないという理由から、人道的使用(compassionate use)による緊急手術を要請し、新年早々に、この要請は承認された。

この大学の異種心臓移植計画は、2017年、ムハマド・モヒュディン外科教授とグリフィスによって始められていた。彼らは2016年に、遺伝子改変したブタの心臓をヒヒの腹腔に移植する実験を行っていた。この心臓は3年後に、免疫抑制のために注射していた抗CD40の使用を止めるまで、正常に機能した。

ベネットへのブタ心臓移植の計画は、病院の倫理委員会で審査が行われ、彼の精神状態が評価されたのち、インフォームドコンセントの手続きが行われた。これらは、異種移植というまったく新しい手術を行うための最低限の条件だった。手術の前日、彼は「この手術が暗闇で銃を撃つようなものであることは知っているが、これが私の最後の選択だ」と語った。

ドナーのブタは、バージニア州にあるレビビコール社が開発したものが用いられた。この会社は、ロスリン研究所と共同でクローンヒツジのドリーの作出を行ったPPLセラピューティックス社から独立したもので、現在はユナイテッド・セラピューティックスの子会社になっている。

ここのブタでは10個の遺伝子が改変されている。超急性拒絶反応を抑制するためにalfa-gal*遺伝子と別の2つの遺伝子(beta-gal*, CMAH*)が破壊(ノックアウト)されている。ブタの心臓をヒトのサイズに保つために成長ホルモン受容体遺伝子もノックアウトされている。ヒトの遺伝子として、2つの補体制御タンパク質(CD46, DAF)、2つの血液凝固阻止遺伝子(EPCR*,トロンボモジュリン)、2つの免疫調節遺伝子(CD47, HO-1*)が挿入されている。

*

alfa-gal: alfa 1,3-galactoxyltransferase

beta-gal: beta-1,4-N-acetyl-galactosaminyltransferase 2

CMAH: Cytidine monophospho-N-acetylneuraminic acid hydroxylase

DAF: Decay accelerating factor

EPCR: endothelial cell protein C receptor

HO-1: Human heme oxygenase-1

 

異種移植用のブタの心臓について、FDAは1999年の文書で、動物実験で60日間の生着期間が90%以上、90日間の生着期間が50%以上という条件を示していた。レビビコール社の遺伝子改変ブタの心臓では、2014年にヒヒの腹腔内への移植で、945日間生着しており、この条件をクリヤーしていた。

ベネットは、人工心肺装置につながれ、新しい免疫抑制剤も含めた治療が行われている。グリフィス医師によれば、リハビリテーションとライフスタイルは、ヒトの心臓を移植した場合と変わりないという。ベネットの容態は安定しており、人工心肺装置がはずされたのちも、安定状態が保たれれば大きな進展になると期待されている。

文献

1. Carla K. Johnson: Pig-to-human transplants come a step closer with new test. October 21, 2021.

https://apnews.com/article/animal-human-organ-transplants-d85675ea17379e93201fc16b18577c35

2. Shaun Wynyard, Diviya Nathu, Oliga Garkavenko et al.: Microbiological safety of the first clinical pig islet xenotransplantation trial in New Zealand. Xenotransplantation, 21, 309-323, 2014.

3. Joachim Denner: Porcine endogenous retroviruses and xenotransplantation, 2021. Viruses, 2021 Oct 26;13(11):2156.  doi: 12.
4. Megan Molteni: First transplant of a genetically altered pig heart into a person sparks ethics questions. STAT News, January 10, 2022.

5. Sara Reardon: First pig-to-human heart transplant: what can scientists learn? Nature, 14 January, 2022. https://www.nature.com/articles/d41586-022-00111-9

6. Clare Wilson: How a pig heart was transplanted into a human for the first time. New Scientist, issue 3369, 15 January, 2022.
7. Talha Burki: Pig-heart transplantation surgeons look to the next steps. Lancet, 399, 347, 2022.