72.自然界で生まれる遺伝子導入昆虫:ブラコウイルスによる蝶への蜂遺伝子の組み込み

72.自然界で生まれる遺伝子導入昆虫:ブラコウイルスによる蝶への蜂遺伝子の組み込み

コマユバチは、蝶や蛾など、ほかの昆虫の幼虫に自分の卵を産み付ける寄生蜂で、確認されているだけで1万7000種、実際には数万種が存在すると推定されている。蝶の幼虫の体内で、蜂の卵は、蝶の自然免疫の働きにより排除されることなく孵化する。そして、蜂の幼虫は蝶の幼虫の体を餌として成長していく(1)

蜂の染色体には、環状の2本鎖DNAのポリドナウイルス科に属するブラコウイルス(bracovirus)*のゲノムが組み込まれている。このウイルスは、蜂の体細胞では増殖せず、卵巣の細胞で増殖して、蜂の毒素遺伝子を含むウイルス粒子が産生される。このウイルス粒子は蜂の卵と一緒に蝶の幼虫に注入され、幼虫の免疫系の働きを阻止していると考えられている。

*ウイルスの名前はコマユバチ科(braconidae)に由来する。

代表的な昆虫ウイルスであるポリドナウイルスの歴史は古く、3億1000年前に共通の祖先からヌディウイルス(nudivirus)とバキュロウイルス(baculovirus)に分かれたと推定されている。バキュロウイルスの名前はラテン語のbaculum(棒)に由来する。ヌディウイルス(nudivirus)はラテン語のnudus(裸)由来で、バキュロウイルスを包むポリヘドリン(多核体)*と呼ばれる結晶が存在しないことから付けられた名称である。約1億9000万年前、ヌディウイルスからブラコウイルスが分岐し、1億年前にコマユバチのゲノムに組み込まれたと推定されている(2)

*バキュロウイルスは核多核体病ウイルスのひとつ。ポリヘドリン遺伝子にワクチンなどの遺伝子を組み込むことで、ワクチンタンパク質の産生が高率に得られるので、バキュロウイルスをベクターとしたワクチン開発が盛んに行われている。

最近、フランスのフランソア・ラブレー大学のジャン=ミシェル・ドゥレーゼン(Jean-Michel Drezen)らは、コマユバチの遺伝子が蝶(オオカバマダラ)や蚕にしばしば組み込まれていることを報告している(3)。時折、蜂が間違った宿主に卵を産み付けると、蜂の幼虫は生き残ることができず蝶の幼虫は成虫へと変態する。この場合にも、蜂の卵と一緒に注入されたブラコウイルスは蝶の幼虫のあらゆる細胞内に侵入しているため、ウイルスの2本鎖DNAがゲノムに組み込まれた成虫になるのである。ウイルスのゲノムがたまたま生殖細胞系列に組み込まれると、子孫の蝶に受け継がれる。蝶のゲノムに組み込まれたブラコウイルス遺伝子の中には、Cタイプレクチン*の遺伝子も見いだされ、これはコマユバチの遺伝子由来と考えられた。Cタイプレクチンは侵入する微生物に結合することで、昆虫の自然免疫の担い手のひとつとして働くタンパク質である。

3億年以上前に分かれたハチ目とチョウ目の間で遺伝子導入がウイルスにより起きていたことになる。同様の結果は、同じチョウ目に属する蚕でも見いだされた。

*レクチンは糖鎖と結合するタンパク質で、Cタイプは結合にカルシウムを必要とすることから付けられた名称。

さらに、ブラコウイルスによって導入された蜂の遺伝子の機能を調べた結果、蜂の遺伝子が蝶にバキュロウイルスに対する抵抗性を賦与していることが示唆された。バキュロウイルスは、生物農薬として有害害虫の防除に使用されているが、蛾の幼虫が抵抗性を獲得する場合がしばしば見られる。その原因のひとつに導入された蜂の遺伝子が関わっている可能性が指摘されたのである。

文献

1.山内一也:ウイルスと地球生命。岩波書店、2012.

2.Tézé, J., Bézier, A., Periquet, G. et al.: Paleozoic origin of insect large dsDNA viruses. Proc. Nat. Acad. Sci., 108, 15931-15935, 2011.

3.Gasmi, L., Boulain, H., Gauthier, J. et al.: Recurrent domestication by Lepidoptera of genes from their parasites mediated by bracoviruses. PLoS Genet., 11 (9): e1005470. doi:10.1371/journal.pgen.1005470, 2015.