62.藻類の巨大ウイルスが人の喉に住み着いて認知機能に影響を与えるかもしれない

人の体には60兆個の細胞がある。腸内にはその10倍を超える600兆から1000兆個の細菌が存在する。ほとんどの細菌にはファージ(細菌ウイルス)が感染していると考えられ、その数は細菌総数を10倍は上回ると推測される。実際に、新生児の糞便を透過電子顕微鏡で調べた結果では、生後1週目には1グラム中に100万個のウイルス様粒子が見いだされている。このような人体内のウイルス世界の実態をメタゲノム解析により調べる試みがこの数年進み始めている。メタゲノムとは、「高次元」を意味する接頭辞のメタ(meta)と、全遺伝情報を指すゲノム(genome)をつなげた造語である。メタゲノム解析により、環境サンプルを分離・培養の過程を経ずに直接解析することによって、その中に存在する膨大な未知の微生物などの遺伝子をその割合を変えることなく解析でき、培養できない細菌やウイルスのゲノム情報も入手可能となった。細菌の場合にはリボソームの16Sサブユニットの配列を調べることで既知と新種の細菌の区別が行われる。しかしリボソームのないウイルスでは、核酸を染色する蛍光色素のサイバーグリーンを加え、蛍光顕微鏡でウイルス様粒子の存在を確認しながら、DNAを抽出し、その配列を解析する(1, 2)。細菌、ウイルスなどを含めた微生物のメタゲノムはマイクロバイオーム(microbiome)と呼ばれ、その中のウイルスのメタゲノムにはヴァイローム(virome)の用語がある。

本連載61回で藻類から発見された巨大ウイルスとしてクロレラウイルスを紹介したが、最近、人体のヴァイローム解析の研究で、クロレラウイルスのひとつATCV-1 (Acanthocystis turfacea chlorella virus 1)が喉で検出され、それが認知機能に影響を及ぼしているらしいという、思いがけない成績が報告された。これはジョンズ・ホプキンス大学の小児感染症専門家のヨルケン(Robert Yolken)、ネブラスカ大学の藻類ウイルス専門家ヴァン・エッテン(James Van Etten)たちの研究で、精神疾患などの病気の経験のない92名の被験者の喉のぬぐい液からDNAを抽出しメタゲノム解析を行った結果、40名(43.5%)でATCV-1のDNAが見いだされたのである。人の喉のメタゲノム解析はこれまでにも2つの報告があったが、ひとつは人の病原体だけを対象としており、もうひとつはDNA抽出段階で通常のウイルスを濾過するフィルターを用いていた。そのため巨大なクロレラウイルスは濾過されず見逃されていたと推測された。

この研究には、認知機能の評価を行う課題が含まれており、ATCV-1に感染していた人では視覚情報処理の能力が約10%低下しており、この低下はATCV-1が検出されなかった対照との間で統計的に有意だった。藻類のウイルスが人の認知機能に影響を与えている可能性が考えられたので、マウスのモデルについてTCV-1の影響を調べる実験が行われた。マウスの腸管内にATCV-1を注入して、6週後に行動試験を行ったところ、ウイルス接種を受けたマウスでは未接種の対照よりも学習と記憶の機能に低下が見られた。また、学習、記憶などに必要な神経経路が存在する脳の海馬にはこれらの経路に関わる遺伝子発現に異常が見られた。接種後6ヶ月目のマウスの約35%でATCV-1に対する抗体が検出されたことも合わせ考えて、著者たちはこのウイルスに対する免疫反応が認知機能の低下に関与しているかもしれないと述べている。

 

文献

1. Mokili, J.L. et al.: Metagenomics and future perspectives in virus discovery. Curr. Opin. Virol., 2, 63-77, 2012.

2. Thurber, R. et al.: Laboratory procedures to generate viral metagenomes. Nature Protocols, 4, 470-483, 2009.

3. Yolken, R.H. et al.: Chlorovirus ATCV-1 is part of the human oropharyngeal virome and is associated with changes in cognitive functions in humans and mice. Proc. Nat. Acad. Sci., 111, 16106-16111, 2014.