60. 西アフリカでの流行ウイルスに効果的な新しいエボラ治療薬とワクチン

テキサス大学トーマス・ガイスバート(Thomas Geisbert)のグループがネイチャー誌4月22日と4月30日のOnline版にあいついで、新しいエボラ治療薬とワクチンのサルでの有効性を発表した(1, 2)。治療薬はTKMエボラの組成を西アフリカで流行しているウイルスの遺伝子の塩基配列に対応させたものである。ワクチンは水疱性口炎ウイルス(vesicular stomatitis virus: VSV)をベクターとしたものをさらに弱毒化した第2世代のワクチンである(本連載48)。
特徴的な点は、サルでの有効性試験で攻撃接種に用いるウイルスを2014年にシエラレオネで分離されたマコナ(Makona)株を用いていることである。これまで治療薬やワクチンの有効性試験には、1976年にザイールで分離したメインガ(Mayinga)株をVero細胞で継代したものが用いられてきた。しかし、継代が進んだウイルスでは、エンベロープのGP(糖タンパク質)遺伝子に変異が起きていた。エボラウイルスのGP遺伝子の情報からは、ウイルス粒子のエンベロープに組み込まれるGPと組み込まれない可溶性のGP (sGP)の2種類が産生されるが、細胞継代が進んだウイルスでは可溶性GPの方が多量に産生されるようになっており、サルに接種した場合、継代数の少ないウイルスの場合よりも死亡する時期が遅くなる傾向が見られていた。実際にチンパンジーアデノウイルスをベクターとしたエボラワクチンは、継代が進んだメインガ株による攻撃に対して高い防御効果が見られていたが、継代数が少ないウイルスで攻撃してみたところ防御効果が低い結果が得られていた。そこで、ガイスバートたちは流行ウイルス由来でしかもGP遺伝子に変異が起きていない継代数の少ないマコナ株を攻撃ウイルスとして用いたのである。

治療薬・TKMエボラの改変とサルでの有効性

テクミラ・ファーマシューティカルズ社(Tekmira Pharmaceuticals)が開発したTKMエボラはエボラウイルスのL蛋白質、VP24およびVP35の遺伝子の機能をそれぞれ干渉する短い(約20塩基)RNA(short-interfering RNA; siRNA)を合成して脂質二重膜のナノ粒子に封入した薬剤で、これら3種類を混合して用いる。L蛋白質はウイルスRNAを合成する酵素で、VP24とVP35はインターフェロン経路を阻止する働きを示す。インターフェロンによる抗ウイルス作用を免れるエボラウイルスの重要な生存戦略となるものである。TKMエボラはウイルス増殖と生存戦略の阻止をねらっている(3)
TKMエボラの有効性を患者で調べる臨床試験は西アフリカで始まっているが、対象となる患者数が不十分ではっきりした効果は報告されていない。一方、西アフリカでの流行ウイルスでは、siRNAの配列のうち、VP24とVP35で重要な部位の塩基に変異が見いだされた。そこで、その部位を流行ウイルスに合わせたsiRNAを合成し、それから調製した薬剤によるサルの治療実験を行ったのである。
アカゲザル6頭にマコナ株ウイルスを接種し、3頭はそのままの対照とした。残りの3頭では、ウイルス接種3日後、症状が出現し血液中にウイルスが検出された時期に、治療を始めた。その結果、対照は8ないし9日目に死亡したが、治療を受けたサルは症状が軽く肝臓の機能不全も比較的弱く、28日間の観察期間を生残した。血液中のウイルス量も対照と比べて1/10から1/10,000に低下していた。
siRNAを用いる治療薬は、新しい発生があった際にすぐに流行ウイルスのタイプに合わせることができる点が大きな利点となることをガイスバートたちは強調している。

第2世代のVSVベクターワクチンの有効性 (3)

西アフリカでは、チンパンジーアデノウイルスをベクターとしたワクチンとVSVをベクターとしたワクチンの2つで臨床試験が行われている。VSVベクターワクチンはカナダのハインツ・フェルドマン(Heinz Feldmann)が中心になって開発したもので、ガイスバートも共同研究者に名前を連ねている。このワクチンはカナダ政府からライセンスを獲得したニューリンクジェネティックス社 (NewLink Genetics)がメルク社と共同で、現在シエラレオネで第3相臨床試験を行っている。一方2014年秋には、ガイスバートがプロフェクタス・バイオサイエンス社(Profectus Bioscience)と共同で第2世代のVSVベクターワクチンの臨床試験の準備をしているというニュースが流れたが、2013年のフィロウイルス・ワークショップでの発表以外に、このワクチンの内容についての詳細は不明だった。今回のネイチャー誌での発表でその詳細が明らかになった。
第1世代のVSVベクターワクチンでは、副作用とくに関節痛が問題になり、ジュネーブで行われた臨床試験は一時的に中止されたことがあった。ワクチンウイルスが被接種者の血液中で増殖することも見られ、さらに弱毒のVSVが望ましいと考えられていた。ガイスバートたちは2種類の弱毒化したVSVをベクターとしてワクチンを開発した。そのひとつは人免疫不全ウイルス(HIV)の遺伝子を組み込んだエイズワクチンの開発で用いられ、すでに第1相臨床試験で血液、尿、唾液にワクチンウイルスは検出されないことが確かめられていた。もうひとつは、このワクチンと第1世代ワクチンとの中間の弱毒性のワクチンである。高度弱毒と中程度弱毒の2種類のワクチンを構築した理由や目的は述べられていない。
組み込まれたエボラウイルスGP 遺伝子は第1世代ワクチンと同様に、メインガ株由来だが、メインガ株とマコナ株の遺伝子配列は約97%が相同なため、西アフリカの流行ウイルスにも有効と考えられた。そこで、2つの弱毒ワクチンを4頭ずつのカニクイザルに接種したのち、マコナ株による攻撃試験が行った結果、いずれのワクチン接種でもすべてのサルが生残し、高い防御効果を示すことが確認された。

 

文献

(1) Thi, E.P., Mire, C.E., Lee, A.C.J. et al.: Lipid nanoparticle siRNA treatment of Ebola-virus-Makona-infected nonhuman primates. Nature 520, 22 April 2015. doi: 10.1038/nature14442

(2) Mire, C.E., Matassoy, D., Geisbert, J.B. et al.: Single-dose attenuated Vesiculovax vaccines protect primates against Ebola Makona virus. Nature 520, 30 April 2015. doi: 10.1038/nature14428.

(3) 山内一也:「エボラ出血熱とエマージングウイルス」岩波科学ライブラリー、2015.