108.ウイルス媒介蚊を標的としたジカウイルス感染制圧の試み:生物農薬としての蚊と組換え蚊の利用

ボルバキアは推定40%の昆虫に共生している細菌で、卵を介して子孫に伝達されている。ボルバキアに感染したショウジョウバエがショウジョウバエCウイルスに抵抗性を示すことから、デングウイルスなどを媒介するネッタイシマカにボルバキアを感染させて、ウイルス伝播を抑える試みがこの10年あまりの間に進展してきている(本連載65)。このボルバキアによるウイルスの抑制は、ウイルスRNA合成の阻止であって、おそらくメチルトランスフェラーゼMt2が関与していると推測されている(本連載98)。

ボルバキアは卵巣に感染し、生殖システムにさまざまな影響を与えることが古くから知られている。そのひとつとして、細胞質不和合という現象が1970年代に明らかになっていた。これは、雄がボルバキアに感染し、未感染の雌と交尾した場合、卵が孵化しない現象で、ボルバキアに感染した雄の前核が分裂に入るのが遅れて雌の前核が先に分裂する結果、雌の染色体だけを持つ半数体の胚になるため孵化しないのである。この特性を利用して、ウイルス媒介蚊を駆除する試みも行われている。

ボルバキアによるデングウイルス対策では、ウイルス伝播抑制と媒介蚊の駆除という2つの試みが行われている訳だが、いずれも自然界に存在する細菌であるボルバキアを用いることから、生物農薬による駆除とみなされている。

ボルバキアによる対策は別に、致死遺伝子を導入した組換え蚊が作出され、蚊を駆除する試みが行われている。これは、遺伝子改変動物の野外放出として、生物多様性を維持するためのカルタヘナ議定書にもとづく環境影響評価が必要とする。

これらの開発研究は、当初はデングウイルス対策としてスタートしたが、2015年のブラジルでのジカウイルス感染の発生から、急速に進展してきている。その現状を紹介する。

1.ボルバキアを感染させた雌の蚊の放出方式

デングウイルスやジカウイルスを媒介するネッタイシマカは自然界では、ボルバキアに感染していないので、オーストラリア・モナッシュ大学のスコット・オニールは、ショウジョウバエから分離したボルバキアをネッタイシマカに順化させ、雌の蚊に接種して、多くのボルバキア感染卵を生ませるようにした(本連載65)。

ボルバキアは卵巣に感染して卵を介して次世代に伝達される。しかし、精子には存在できないので、介卵伝達できるのは雌だけである。オーストラリアで行われた30万匹の雌のボルバキア感染蚊を9-10週間にわたって放出した試験では、周辺の蚊と交尾して5週後には、ほとんどすべての蚊が細菌を保有するようになった(1)

2011年以来、野外試験がオーストラリア、ブラジル、コロンビア、インドネシア、スリランカ、インド、ベトナム、キリバチ、フィジ、バヌアツなど10カ国で行われ、感染した蚊が広がった地域では、デングウイルスやジカウイルスの伝播が抑えられていた。リスク評価の結果、人間、動物、環境に対して安全と判断され、世界保健機関WHOは、この方式を推進するよう勧告している。

2017年からは、英国政府、米国政府、ウエルカム・トラスト、ビル&メリンダ財団から合わせて1800万ドル(約20億円)の支援を受けて、コロンビアとブラジルで大規模な放出が行われることになっている。

2.ボルバキアを感染させた雄の放出方式

ケンタッキー大学昆虫学教授スティーブン・ジョンソンが創立したバイテク企業モスキートメイト(Mosquito Mate)は、実験室で繁殖させたヒトスジシマカの雄にボルバキアを感染させて放出する方式を開発している。この蚊と交尾した雌の卵は、細胞質不和合のため、孵化しない。その結果、ヒトスジシマカの集団は小さくなっていき、理論的には蚊がまったくいなくなる可能性がある。

2017年11月、米国環境保護局は、ボルバキアを感染させたヒトスジシマカの野外放出を、米国の20州と首都ワシントンで行うことを許可した。モスキートメイトは、ボルバキア感染雄をZap(一気にやつけるの意)モスキートと命名して、承認された地域のゴルフ場、ホテルなどへ販売を始めている。フロリダなど、ジカウイルス感染が起きている南部の州での使用はまだ許可されていない。

この方式の問題は、雄の蚊の選別である。これは人の手または選別装置で行うため、生産数に限りがある。一つの市全体で蚊の繁殖を抑制するには毎週数百万匹の生産が必要となる(2)

この蚊は、自然界に存在する細菌に感染しているため、生物農薬として環境保護局の管轄となり、パブリックコメントは要求されていないため、短期間で承認されたのである。

3.優性致死遺伝子を持つ組換え蚊の放出

英国のバイテク企業Oxitec(Oxford Insect Technologies)は、優性致死遺伝子として、正常細胞の機能維持に必要なタンパク質の生産が無制限に行われる組換えネッタイシマカを作出した。この蚊では、タンパク質合成を調整する遺伝子に変異があり、生育できずに死んでしまう。しかし、抗菌薬のテトラサイクリンを入れた餌に混ぜておくと、抗菌薬が致死遺伝子の働きを阻止するため、蚊は死なずに繁殖する。この組換え蚊には、致死遺伝子のほかに、蛍光色素の遺伝子も導入されており、蛍光顕微鏡で観察することにより、組換え蚊の選別ができるようになっている(3.4)

デングウイルス対策として、2010年、カリブ海地域の英国領ケイマン諸島で約330万匹の雄の組換え蚊が23週間にわたって放出された。蚊の卵を集めて孵化させたボウフラについて、蛍光マーカーで調べた結果、最大で、88%のボウフラが致死遺伝子を持っていて、大部分の雌の蚊が組換え蚊と交尾していたことが推定された。約9割の蚊が成虫になる前に死亡していることになる(5)

2014年にはブラジル北東部のバイーア州で1年にわたって雄の組換え蚊が毎週3000匹近く放出された。ここは、ブラジルで最初にジカウイルス感染が見いだされた地域である(本連載76)。その結果、95%のボウフラが致死遺伝子を持っており、この方式が有効なことが推定された(6)

米国フロリダ州では、ジカウイルスに1000人以上の住民が感染し、その中には妊婦135人が含まれていた。2016年に組換え蚊の放出試験についての住民投票が行われた。多くの郡では賛成が多数を占めたが、反対の郡もあり、見通しがたっていない(7)

参考文献

1. Gilbert. N.: Bacterium offers way to control dengue fever. 24 August 2011, doi:10.1038/news.2011.503

2. Waltz, E.: US government approves ‘killer’ mosquitoes to fight disease. Nature, o6 November, 2017. doi:10.1038/nature.2017.22959

3. Phuc, H.K., Andreasen, M.H., Burton, R.S. et al.: Late-acting dominant lethal genetic systems and mosquito control. BMC Biol., 5, 11, doi:10.1186/1741-7007-5-11, 2007.
4. Specter, M.: The mosquito solution. Can genetic modification eliminate a deadly tropical disease? July 9, 2012. https://www.newyorker.com/magazine/2012/07/09/the-mosquito-solution

5. Harris, A.F., McKemey, A.R., Nimmo, D. et al.: Successful suppression of a field mosquito population by sustained release of engineered male mosquitoes. Nature Biotec., 30, 828-830, 2012.

6. Carvalho, D.O., McKemey, A.R., Garziera, L. et al.: Suppression of a field population of Aedes aegypti in Brazil by sustained release of transgenic male mosquitoes. PLOS Neglected Tropical Diseases. | doi:10.1371/journal.pntd.0003864. 2015.

7. Servick, K.: Update: Florida voters split on releasing GM mosquitoes. Science, Nov. 10, 2016. doi:10.1126/science.aal0350.