集団遺伝学 第9回

遺伝子の対合


遺伝子プールについてのハ−ディ・ワインベルグ(HW)の5つの条件(第5回、4.3を参照)は理想的なモデルであるので、一つづつ現実に近い条件を調べていくことにする。 まず手始めに任意交配からはずれた場合で、もっとも重要な近親交配(同系交配) inbreeding について考察する。 栽培育種ではこれを同系交配という。 厳密には後述する親縁係数 coefficient de parente の値が0でないような交配をいう。 近親交配の特徴は何といっても、これによって遺伝子座がホモとなる確率を増すことで、すべての遺伝子座が等しく影響を受けるという観点で選択交配 assortative mating よりはるかに重要である。


5. 遺伝子の対合

HWの法則は個体(遺伝子型)間で任意交配が行われれば、遺伝子の対合もランダムであることを示している。 近親交配は血縁のある個体間の交配である。 したがって何世代か遡れば問題の血縁者間には必ず共通祖先がいる筈である。 したがって近親交配を論じる際には何世代前の祖先集団の遺伝子プールを参照するかを暗黙のうちに仮定することになる。 遺伝子についていえば、同一祖先から由来する遺伝子、このような遺伝子を同祖遺伝子 gene identical by descent と呼ぶが、問題の世代で同祖遺伝子の対合と任意交配とは別に考慮することになる。 同祖遺伝子のホモ接合をオート接合 autozygote、そうでない遺伝子のホモ接合をアロ接合 allozygoteという(Cotterman,1940)。 ホモ接合をオート接合とアロ接合とに分けることは分子遺伝学の進展とともに具体的にできるようになって来た。

アルカプトン尿症は常染色体劣性の先天性代謝異常症である(Garrod,1902)が、Fernandez-Canon他(1996)によればホモゲンチヂン酸デオキシゲナーゼ(HGO)遺伝子の塩基配列が決まり(14エキソン60kb)少なくとも2つの塩基の置換(P230SとV300G)がこのHGO遺伝子を不活性化していることがわかった。 すなわちアルカプトン尿症には P230S/P230Sホモ と P230S/V300Gヘテロ の少なくとも2種類の分子レベルでの遺伝子型があることがわかった。 古典的なメンデル因子では異常HGO遺伝子のホモでアルカプトン尿症が発症するが、遺伝子DNAの塩基配列が調べられるようになって、特異的な1個の塩基についてのホモかヘテロであるかがわかるようになった。 この報告でのホモ患者は他人婚の子どもであったが、もしいとこなどの近親婚の子どもであればオート接合である可能性が高くなる。 相同のP230S異常遺伝子の塩基配列を比べることで、それらが同祖遺伝子であるかをくわしく検討することができる。


5.1 近親交配(同系交配) inbreeding

結婚の当事者が互いに血縁関係にあるとき、血族結婚 consanbuineous,marriage、あるいは近親婚という。 まれにはオジ・メイ婚もあるが、一般にはイトコ婚である。 このように近親婚は婚姻者の血縁関係の程度によって分類される。 栽培育種では自殖selfing、兄(弟)妹(姉)交配brother-sister mating、selfing、親子交配parent-offspring mating、部分自殖partial self-fertlization、複数の雌雄同株個体の集団あるいは複数の雌雄別個体からなる集団など、いろいろな状況に遭遇する。

メンデルのエンドウマメの実験で、2つの純系(いずれも異なるホモ接合:AA,aa)の雑種(ヘテロ接合:Aa)の遺伝子プールを取り上げてみよう。 交配は自殖に限るとする。 この世代(P)での遺伝子A,aの頻度はそれぞれ p=1/2,q=1/2で、すべての個体は雑種であるからヘテロ接合の頻度はH0=1.である。

次の世代F1では、雑種Aaの自殖により遺伝子型AA,Aa,aaの頻度はそれぞれ1/4,1/2,1/4で遺伝子頻度は親世代と同じである。 ヘテロ接合の頻度はH1=1/2となる。

F2世代では、AAホモはF1で生じたAAの自殖からのAAホモと雑種Aaの自殖によるAAホモとがある。 前者の割合は1x(1/4)、後者の割合は(1/4)x(1/2)となるから合計3/8である。 同様にしてaaホモの割合も3/8。一方、ヘテロ接合の頻度は(1/2)x(1/2)。 すなわち、H2=1/4。それぞれの遺伝子頻度はF1世代と同じで、したがってP世代のそれと違いはない。

これを毎世代くり返すと、一般にFt世代でのホモ接合いずれの頻度も(1/4)[1+(1/2)+(1/2)**2+..+(1/2)**(t-1)]=(1/2)[1-(1/2)**t]、ヘテロ接合の頻度はHt=(1/2)**tとなる。 すなわち、自殖を繰り返すと、最初は雑種(ヘテロ接合Aa)から成る集団が、二つの純系(ホモ接合AAとaa)から構成される集団となる。 雑種(ヘテロ接合Aa)の頻度は自殖により、毎世代半減し、究極には消失する。 また、それぞれのホモ接合の頻度は同じであるから、遺伝子頻度p=q=1/2でこれは最初の雑種P世代と同じである。

HWの条件が成り立つ集団では、任意交配が行われて遺伝子頻度は毎世代同じとなり、したがって各遺伝子型頻度も毎世代同じであった。 ここにみられた結果は2対立遺伝子で考えられる6通り交配型(任意交配)のうちの3通り(自殖)のAAxAA, aaxaa,AaxAaのに限られることに起因する。

自殖を含めて同系交配が繰り返されると一般に次のことが言える。 a)ヘテロ接合性heterozygosityが減少する。 その減少率は同系交配の程度(血縁の濃さ)による。 その減少した分、ホモ接合性homozygosityが増加する。 この過程は突然変異や他集団からの移動がないかぎり、十分世代が経過すると究極には集団はホモ接合だけになる。 遺伝子型による生殖力差(選択)がないかぎり、この過程を通じて遺伝子頻度に変化はないと予測される。

性別のある種(ヒトも含めて)で最も血の濃い同系交配は親子交配、きょうだい交配である。 人類の歴史でも近親相姦incestが行われた記録がある。 王族の血液を伝えるための兄妹婚が何世代もエジプト王朝であったという。 (BC30年に死亡したという)クレオパトラは兄妹婚の子(?)という説もある(Mange and Mange, 1990)。 日本でも奈良時代の頃いわゆる男子が女子の家を訪ねる通い婚の風習があり、かなり血の濃い近親婚もあったようである。 聖徳太子は異母兄妹婚の子という(岸本,1960).

遺伝学者はトウモロコシ、ショウジョウバエ、マウスなどの実験生物できょうだい交配を繰り返して近交系inbred,strainをつくる。 育種家は親子、親孫、..と世代間の直系の交配なども利用している。 商品価値のあるミルクや肉を得るため、牛の精子を冷凍保存して、直系の毎世代の雌牛に人工授精することも行われている。

それでは次に同系交配の程度を測るパラメータについて考察しよう。


5.1.1 親縁係数と近交係数

個体Iには2人の親があり、4人の祖父母、..、t世代前の祖先は2**t人いる。 個体Iのある遺伝子座の対立遺伝子が母親由来である確率は1/2、父親由来である確率は1/2である。 祖父母のいずれからか由来する確率は1/4である。 また、t世代前の祖先の誰かから由来する確率は1/2tである。 個体Iからその祖先までの経路は祖先の子孫の鎖chainで構成される。 鎖は複数のこともある。

親縁係数kinship coefficientは次のように定義される。 集団の2個体I,Jで、個体Iの2対立遺伝子のうちの1つと、個体Jの2対立遺伝子の1つとが共通祖先Aの対立遺伝子から由来する確率である。 生物学的にはある祖先の遺伝子(同祖遺伝子)が減数分裂により厳密な複製が、個体I,Jに到達する確率である。 その経路には子孫の鎖があり、個体I,Jに至る子孫の数は必ずしも同じでない。

たとえば異母兄弟の兄の息子(I)と弟の孫娘(J)(半いとこ半)の親縁係数fIJを求めてみよう。 Iから共通祖先の祖母(A)までにはt1=2回の減数分裂を、AからJまでにはt2=3回の減数分裂を経由している。 つまり経路I→A→Jにはt1+t2=5回の減数分裂があり、I,Jも含めて6人の個体がこの経路の鎖となっている。 したがって、この経路の確率は(1/2)**5=1/32である。 この半分は祖母(A)の2つの対立遺伝子のどちらか1つが同祖遺伝子である場合であり、残りの半分はAの2つの相同対立遺伝子がそれぞれIとJに伝わった場合である。 後者の場合、Aの2つの相同対立遺伝子がさらに世代を遡って同祖遺伝子であることが確かめられたとき、はじめてI,Jの親縁係数に寄与することになる。 この確率fAを近交係数inbreeding coefficientという。 したがって、この例での親縁係数は

fIJ = (1/2)**5x[(1/2)x1+(1/2)xfA] = (1+fA)/64

となる。

このように経路が一つ(共通祖先が一人)の場合には、親縁係数は

fIJ = (1/2)**t[(1+fA)/2]

であらわされる。 ここにt=t1+t2は経路I→A→Jで、t1は共通祖先AからIまでの、t2は共通祖先AからJまでの減数分裂の回数である。 I,Jに複数の共通祖先がいるなら、それぞれの共通祖先について親縁係数を求めて、それらのfIJを合計すればよろしい。

もし個体Iと個体Jが結婚して子どもができたとしたとき、子どもの近交係数fIxJは両親の親縁係数に等しくなる。すなわち

fIxJ = fIJ

もし減数分裂の際に突然変異が生じると、その大きさをuであらわすと

fIxJ = fIJ(1-u)**2

となる。 突然変異率の大きさはおよそu=10-6〜10-5/遺伝子/世代なので、育種やヒトの家系調査では気にしなくてもよい。 しかし進化の問題を扱う場合には非常に長い世代を取り扱うので突然変異を無視することはできない。 これは考慮する世代数の大きさを考えれば納得がいくであろう。


近親婚と親縁係数(f)の例.

以下の対の近親者間で交配が行われて、子どもが生まれれば両親の親縁係数は子どもの近交係数である。

f
親子 (parent-offspring)1/4
きょうだい (full,brother-sister)1/4
半きょうだい (異母(父)兄弟) (half,brother-sister)1/8
おじ・めい (おば・おい) (uncle/aunt-nice/nephew)1/8
二重いとこ (doubble first cousin)1/8
いとこ (first cousin)1/16
半いとこ (half cousin)1/32
....................... ...
他 (unrelated)0


5.1.2 その他のパラメータ

近交係数f,(F,αで表すこともある)は集団あるいはその部分集団について定義される。 集団からランダムに抽出された1個体のある遺伝子座の相同遺伝子が同祖遺伝子である確率である。 したがって、1-fはランダムに取り出した1個体の相同遺伝子が独立無関係な祖先遺伝子から別々に由来した確率である。

集団にいろいろなタイプの同系交配による子どもがいるなら、それぞれのfの子どもの頻度で荷重したfの平均値を集団の近交係数(αで表すことがある)とする。 f=0なら任意交配集団である。 またf=1なら完全内交集団で、自殖を繰り返した究極の集団がそれにあたる。

集団の近交係数がfのとき、A,aの対立遺伝子頻度がそれぞれp,q(p+q=1)なら、AA,aa,Aaの遺伝子型頻度P,R,Qが次のように表せることを示そう。

P = fp+(1-f)p**2、R = fq+(1-f)q**2、Q = (1-f)(2pq)

Pは集団からランダムに取り出した個体がAAである確率にほかならないが、これは2つの場合に分けて考えることができる。 第一項はオート接合の確率で土祖遺伝子が由来する確率とその頻度pの積で表される。 第二項は互いに独立な祖先遺伝子が由来して(その確率は(1-f))、しかも2つ共Aである場合で、その確率p2である。別の用語を用いるとアロ接合である確率である。 この2つの確率を合計したものがPである。 Rも同様な考察から得られる。Qは互いに独立な祖先遺伝子が由来した場合しかないから、その確率(1-f)と2pqの頻度の積で与えられる。

この考え方は集団に複対立遺伝子A1,A2,..,Amがある場合にも成立する。 すなわち

AiAi: Pii=fpi+(1-f)pi**2 (i=1,2,..,m)
AiAj: Pij=(1-f)2pipj (i>j=2,..,m)

ここでヘテロ接合の頻度(Pij)が複対立遺伝子の数に関わりなく 1-f に比例していることは大変興味深い。

f=0 なら、Pii=pi**2、Pij=2pipj でこれは任意交配集団でのHWの法則に合致している。 f=1 なら、Pii=pi、Pij=0 となる。 エンドウマメで自殖を繰り返した究極の状態がこれである。 ただし遺伝子頻度は常にp1=p2=1/2である。


相関係数として定義される近交係数

Wright(1921b)は近交係数fを遺伝子型への各対立遺伝子の寄与を考えて「結合する配偶子間の相関係数」と定義した。 ふたたび2対立遺伝子A,aの場合にもどって、AA,aa,Aaの頻度をそれぞれP,R,Qとして、それを雌雄配偶子の結合の相関表であらわしたとしよう。

♂ A(1)♂ a(0)
♀ A(1)PQ/2p
♀ a(0)Q/2Rq
pq1

Aに値1、aに値0を与えて相関係数を計算してみよう。 雌の配偶子についての平均値は 1xp+0xq=p。 分散は (1-p)2xp+(0-p)2xq=pq(q+p)=pq。 雄の配偶子についても同様である。 一方両者の間の共分散は 1x1xP-pxp = fp+(1-f)p**2-p**2 = fpq。 (ただし p+q=1, 1-p=q)。 したがって求める相関係数をrとすると、r = fpq/√[pqxpq] = f。 すなわち、結合する配偶子間の相関係数rは近交係数fに等しい。 任意交配を行っている集団についてはf=0、強度の同系交配が長年の間続けられて、すべての個体がホモになった集団ではf=1である。

近交係数fは相同遺伝子が同祖的である確率で定義したので、その値の取りうる範囲は 0≦f≦1 であるが、相関係数rの値は -1≦r≦1 である。 rとfが一致する範囲での相関係数は次のように解釈することができる。 ある測定値を複数の要因できまる合計値と考えるなら、相関係数は2つの測定値に共通な要素の割合を表す。 ただしその他の要素はランダムに抽出されたと考える。 ここでいう要素は、量的遺伝学では累積効果のある遺伝子(ポリジーン)を指す(Crow and Kimura,1970:p.67)。

動物育種の分野において用いられる近縁係数 rIJ (coefficient of relationship)は次のように表される(Wright, 1922)。

rIJ = 2fIJ/√[(1+fI)(1+fJ)]

ここにfIJは個体Iと個体Jの親縁係数、fIとfJはそれぞれ個体Iと個体Jの近交係数である。 fI = fJ = 0ならばrIJ = 2fIJ。 すなわち近縁係数は親縁係数の2倍となる。


伴性遺伝子についての親縁係数の計算

雄配偶子のX染色体は母親由来であるから、母・息子のX連鎖遺伝子が同祖的である確率は1である。 これは常染色体遺伝子で1/2であるのと対照的である。 したがって、雄が経路に現れる場合1/2でなく1を親縁係数の計算に用いる。 すなわち結果的に雄を無視することになる。 なお、息子はX染色体を母親から遺伝し、父親からは遺伝しないから(同祖遺伝子が伝わる確率は0)、これも結果的に雄・雄を含む経路を無視することになる。 これから性染色体上の遺伝子の親縁係数(あるいは近交係数郊)を求めるやり方は次のようになる。 各経路で雌だけをカウントする。 そして経路に2世代、雄・雄、と続くような経路は省略する。


5.1.3. 同系交配の基礎理論の科学史

自家受粉を続けることによってヘテロ接合性の頻度が毎世代半減することはすでにメンデルが明かにしている。 その後Jennings(1916)がきょうだい交配(brother-sistermating, sib mating)、親子交配(parent-offspring mating)の場合でのヘテロ接合性の頻度世代とともに減少する過程を数値的に求めている。

実質的な研究はWright(1921a)を嚆矢とし、現在までに得られている重要な結果の大部分は、Wright, Fisher, Haldane および Malecot の貢献である。W right(1921b)は経路係数(path coefficient)の方法を工夫し、非常に広井範囲にわたって同系交配の問題を組織的に扱う道を開いた。 またHaldane(1934)はBartlettと共に行列matrixを用いる方法を考え、これはその後Fisher(1949)によって大いに発展した。 少数の個体での規則的regularな同系交配では複対立遺伝子および倍数性を含めてかなり詳しい結果が得られている。 Wright(1921a)の方法は生物学的に泥臭くその数学的基礎が明かでなく、第三者の使用するときの障害となっていた。 しかしMalecot(1948)の親縁係数の概念の導入で、数学的にもすっきりし、しかも一般にも理解しやすい形で理解できることがわかった。 Cottermann(1940)はk-coefficentやBayesの方法をとり入れて数理遺伝学の公理系を提案したが、公表が遅れてしまった。


文献

Bartlet MS and Haldane JBS ,1934. The theory of inbreeding in autotetraploids. J Genet 29:157-180.

Cotterman CW ,1940. A Calculus for Statistico-Genetics. Ph D dissertations,Ohio State University. Unpublished.

Crow JF and Kimura M ,1970. An Introduction to,Populartion Genetics Theory. Hsrper & Row, Pub. New York. P67.

Fernandez-Canon JM, Granadio , de Bernabe,DB-V, Renedo M, Fernandez-Ruin E,Penalva MA and de Cordoba SR,1996. The molecular basis of alkaptonuria. Nature genetics 14:19-24.

Fisher RA, 1949. The Theory of Inbreeding. Oliver and Boyd, Edinburgh.

Garrod AE, 1902. The incidence of Alkaptonuria: A study in chemicalindividuality. Lancet 2:1616-1620.

Jennings HS, 1916. The numerical results of diverse systems of breeding.Genetics 1:53-89.

Malecot G ,1948. Les mathematiques de heredite. Masson et Cie, Paris (Translated into English by Yermanos DM, 1969. The Mathematics of Heredity.W.H.Freeman and Co., San Francisco).

Mange AP and Mange EJ, 1990. Genetics: Human aspects. Sinauer Associates,Inc., Suderland.

岸本, 1960. 遺伝医学。金原出版。

Wright S, 1921a. Systems of mating. I-V. Genetics 6:111-178.

Wright S, 1921b. Correlation and causation. J Agric Res 20:557-585.

Wright S, 1922. Coefficients of inbreeding and relationship. Amer Natur 56:330-338.


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