集団遺伝学 第5回

遺伝子頻度


3. 遺伝子頻度

第3回の講義で遺伝子プールの定義とその質的な特徴を述べた。 各個体には1対の対立遺伝子 allele があり、それらは親の交配の結果、対合したのである。 N人のヒト集団は2N個の遺伝子の遺伝子プールを構成する。

ここでは遺伝子プールの量的な表現法として、頻度 frequency という考え方について説明しよう。

あるヒト集団を特定の表現型(ここでは単因子遺伝形質)について調べると、その表現型の有無で集団を2分することができる。 特定の表現型の個体数を集団の総個体数で割った値を表現型頻度 phenotype frequency という。

制限酵素断片多型 restriction enzyme length polymorphisms (RELFs)のように共優性や、家系調査で遺伝子型がわかることがある。 遺伝子型頻度 genotype frequency は特定の遺伝子型の個体数を総個体で割って求める。

遺伝子頻度は遺伝子型頻度あるいは表現型頻度を用いて求める。

たとえば、6,782人の東京在住者のMN式血液型を抗MN血清を用いて調べたとしよう。 赤血球が凝集した人(M+)としない人(M-)の数はそれぞれ5,353人と1,429人であった。 (M+)表現型頻度は5,353/6,782=0.789、(M-)表現型頻度は1,429/6,782=0.211である。 両者を加えると当然ながら、1になる(計算のチェック。 本講座の数値計算は必ず電卓などで手計算してみることをお勧めする。 思考の過程で腕力が往々にして重要な働きをする!)。

この人たちの血液について、さらに抗N血清を用いて調べたところ、(M+)の人のうち3,332人が(N+)で、(M-)の人はすべて(N+)であった。 すなわち、観察された3種類の表現型、(M+N-),(M+N+),(M-N+)の人の数はそれぞれ 2,021、3,332、 1,429である。

このデータを、共優性の対立遺伝子、MとNによると考えると、3種の表現型はそれぞれMM,MN,NNの遺伝子型に相当する。 したがって、それぞれの遺伝子型頻度は0.298, 0.491, 0.211 となる。 これらを合計すると1になることは明らかであろう。

MおよびN対立遺伝子の数をかぞえてみよう。 遺伝子型がMMの個体には2つ、MNの個体には1つ、NNの個体にはないから、この集団でのM遺伝子の数は2*2,021+1*3,332+0*1,429=7,374となる。 N遺伝子の数は 0*2,021+1*3,332+2*1,429=6,190となる。 各個体には2つの遺伝子があるから、集団全体では総個体数の2倍、すなわち、2*6,782=13,564個の遺伝子がある。 これはM遺伝子の数7,374とN遺伝子の数6,190と加えた値である。 したがって、この集団(遺伝子プール)での遺伝子頻度は次のようになる。

M遺伝子頻度:
(2*2,021+1*3,332+0*1,429)/(2*6,782)=0.544
N遺伝子頻度:
(0*2,021+1*3,332+2*1,429)/(2*6,782)=0.456

2つの遺伝子頻度の合計が1であることは自明であろう。

遺伝の基本単位である遺伝子の集合として交配可能な集団を考えるといろいろな面で都合がよい。 これを遺伝子プールと呼ぶことはすでに第3回の講座でのべた。 遺伝子頻度は遺伝子プールの構成を量的に表現したものである。

集団遺伝学で、遺伝子型頻度でなく遺伝子頻度を基本の数量とする根拠は、進化の基本が親から子へと伝わる遺伝子の連続性にあるためである。

  1. 遺伝子型は親から子へ伝わる連続性が必ずしもない。 例えば親がMMなら、子はMMかMNである(突然変異などまれなことは起こらないとする)。 親子がMM-MMなら遺伝子型に連続性があるが、MM-MNなら不連続である。
  2. 遺伝子そのものは自己増殖作用を通して親から子に伝えられるので、集団中の各遺伝子の割合(頻度)は世代とともに比較的ゆるやかにしか変化しない。 このことからも遺伝子頻度の方が、それが組み合わさってできた遺伝子型頻度よりもモデルを考えるのにずっと分かりやすい数量であると言えよう(木村資生,1988「生物進化を考える」岩波親書、165-166頁)。 遺伝子型あるいは表現型は個体の一生と共に終る。

4. 遺伝子型の対合:交配頻度

MN式血液型を調べた6,782人が東京在住者の代表であるかどうかは、サンプリングの方法を検討しなければ分からない。 もし得られた遺伝子型の結果が東京在住者を代表していると考えられるなら、次の(子の)世代の3遺伝子型頻度を予測することができるかを考えてみよう。

親世代の3遺伝子型頻度は次の値で表されるとしよう。

遺伝子型頻度
MM
0.298
MN
0.491
MN
0.211
合計
1.000

交配には次の6通りが考えられる。

(a)
MM x MM
MN x MN
NN x NN
(b)
MM x MN
MN x NN
MM x NN

これらの頻度を求めるには、交配方式について何らかの規則を知る必要がある。 たとえば似たもの同士の交配なら、(a)の3通りだけしか起こらないし、異なるもの同士の交配は(b)の3通りだけである。 遺伝子型について、そのほかにもいろいろな様式が考えられるから、この視点で現実の生物について(選択交配を)検討してみると面白いかも知れない。


4.1 任意交配

各人の遺伝子型、あるいは表現型にとらわれない交配を任意交配 random mating という。 血液型に関してはかなりそれに近い。 任意交配での交配頻度は遺伝子型頻度の積になる。 前述のMN式血液型では次のようになる。

(a)
MM x MM
0.298 x 0.298
MN x MN
0.491 x 0.491
NN x NN
0.211 x 0.211
(b)
MM x MN
2 x 0.989 x 0.491
MN x NN
2 x 0.989 x 0.211
MM x NN
2 x 0.211 x 0.491

(b)の3交配型では男女の組み合せがそれぞれ2通りあるので各遺伝子型頻度の積の2倍になる。 形式的に3種類の遺伝子型頻度を x,y,z とすると、各交配型頻度は次の展開式の各項から求められる。

(x+y+z)**2 = x**2 + y**2 + z**2 + 2xy + 2xz + 2yz [a**2はaの2乗を表す]。

x+y+z=1であるから、6種類の交配型頻度の合計は(四捨五入による計算誤差を除いて)もちろん1である。


4.2 任意交配から予測される子どもの遺伝子型頻度

任意交配での各交配型頻度と、各交配型から生まれる子供の分離比(メンデル比)から、求めることができる。 次の表をみながら結果を検討して頂きたい。

子供の分離比
交配型 任意交配での頻度 MM MN NN
MM x MM
x**2
1
0
0
MN x MN
y**2
1/4
1/2
1/4
NN x NN
z**2
0
0
1
MM x MN
2xy
1/2
1/2
0
NN x MN
2zy
0
1/2
1/2
MM x NN
2xz
0
1
0

ここで x=0.298, y=0.491, z=0.211 である。

予測される子供の遺伝子型頻度は次のようにして得られる。

MM
(1)x**2 + (1/4)y**2 + (1/2)2xy = [x + (1/2)y]**2 = 0.544 * 0.544
NN
(1)z**2 + (1/4)y**2 + (1/2)2xz = [z+(1/2)y]**2 = 0.456 * 0.456
MN
(1/2)y**2 + (1/2)2xy + (1/2)zy+ (1)2xz =
2[x+(1/2)y][z+(1/2)y] = 2 * 0.544 * 0.456

MとNの遺伝子頻度はそれぞれp=0.544, q=0.456で、親の世代の遺伝子頻度と同じである。 以上をまとめたのが、ハーディ・ワインベルグの法則である。


4.3 ハーディ・ワインベルグ Hardy-Weinberg の法則

対立遺伝子MとNの頻度をそれぞれpとqとすると、ハーディ・ワインベルグの条件のもとで次の2つが成り立つ。

  1. 遺伝子型頻度は構成する対立遺伝子頻度の積で表される。 すなわち、MMの頻度は p**2、NNの頻度はq**2、MNの頻度は2pqである。 すなわち、遺伝子型頻度は遺伝子頻度の積で表される。 これは任意交配が遺伝子型レベルで定義された(すなわち、交配頻度は遺伝子型頻度の積になる)が、遺伝子レベルでの対合も任意交配であることを示している。
  2. 遺伝子頻度は1世代で一定となり、その後の世代で変化しない。

2)については若干の補足説明が必要であろう。 前述のMN式血液型の例では男女をプールして、つまり遺伝子頻度に性による差がない集団を考察した。 もし差があったとしても、常染色体の遺伝子は次の世代に生まれる子の集団では男女の差はなくなり、同じになり、頻度の差は一代で解消する。次の例は教訓的である。

例題(必ず検算して確かめること)。 男女それぞれ100人づつで構成されている集団で、3種類の遺伝子型AA,Aa,aaの個体数はそれぞれ、男子では16, 48, 36、女子では 36, 48, 16であった。 A遺伝子の頻度は男子で (2x16)/200+28/200=0.4, 女子では (2x36)/200+48/200=0.6、またa遺伝子の頻度は男子で0.6、女子で0.4である。 この集団で任意交配が行われると、形式的に (0.4A + 0.6a)*(0.6A + 0.4a) = 0.24AA + 0.52Aa + 0.24aa と各遺伝子型頻度は相当する遺伝子型の係数から読み取ることができる。 任意交配後の集団で、Aとaの頻度は共に0.5となり、ハーディ・ワインベルグの法則が成り立つ(計算して確かめよ)。

なお、ハーディ・ワインベルグの条件とは次の通りである。

  1. 交配が任意である(任意交配)。
  2. 集団が十分大きい(無限大)。
  3. 突然変異が起きない(無突然変異)。
  4. ほかの集団との個体の移動がない(無移動)。
  5. 異なる遺伝子型で、生存力や妊性に相違がない(無選択)。

これらは理想的なモデルである。 進化的時間スケールが問題とならない実務では、これらはおおむね成立していると考えられる。 遺伝子型の実験上の誤判定でもしない限り、交配はほぼ任意交配として差し支えない。 100のオーダーの大きさの集団なら十分大きいと言えようが、当然扱う問題によって判断する大きさは違ってこよう。 突然変異の出現頻度も対立遺伝子頻度より十分に小さいのが普通である。 個体の移動が全くない集団の方が珍しいが、状況によって考える集団を決めるしかない。 選択の効果も数世代を考察するかぎり、あまり問題とならないことが多い。

集団遺伝学はこれらハーディ・ワインベルグの条件を乱す要因を生物進化の視点から数量的に研究する学問ともいえる。 このフォーラム講座では人への応用についても考えることにする。


4.3.1 ハーディ・ワインベルグの法則の科学史

以下の記述は主に、Crow JF, 1988,Genetics 119: 473-476 と木村資生、1988「生物進化を考える」岩波新書、169頁から引用したものである。

この法則はまずドイツの医師W.ワインベルグ(Weinberg,1908)によって報告されたが、ドイツ語で書かれたため注目されなかった。 主な遺伝学の研究は当時は英語圏で行われていた。 同じ年の数カ月後に、イギリスの数学者G.H.ハーディの報告がScience誌上に発表された。 当時の生物統計学者のなかにはメンデルの法則の集団遺伝学的な意味を十分理解せず、メンデルの法則が正しければヒトの短指症などの優性形質は集団内で頻度を増して最後に75%までに達するはずで、そんなことは有り得ないから、メンデルの法則は間違っているなどと、見当はずれの批判を行うものがいた。 それを正すために書かれた論文である。

1943年にC.スターンがワインベルグの論文を発掘するまで、これはハーディの法則と呼ばれていたが、以後ハーディ・ワインベルグの法則と呼ばれるようになった。 法則自体は自明なのでS.ライトや多くの人達が知らずにこの法則を'再発見'したという逸話が多い。

G.H.ハーディは純数学者で英国の生んだ解析的整数論の巨匠である。 専門外の分野での唯一の論文で永久にその名が残ることは稀有なことで、本人はむしろそんなに重要な仕事をしたとは思っていなかったようである。 数学的にはあまりにも初歩的な「ハーディの法則」は、彼の専門の数学からみたらとるに足らないものであったのではなかろうか。 (G.H.ハーディの人柄については自伝「ある数学者の生涯と弁明」柳生孝昭訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、がある)。

W.ワインベルグは開業医で産科医であった。 ふたごの研究、分離比の偏り、血縁者間の相関など人の統計遺伝学の基礎となる研究を行っている。

W.ワインベルグはハーディ・ワインベルグの法則の拡張も行っており、1遺伝子座に複対立遺伝子が考えられる場合や複数の遺伝子座を考慮した場合についても研究をしている(Weinberg,1909)。 2座位以上では1座位の場合と違って、遺伝子頻度は1世代で平衡状態とはならないことに気付いていた。 平衡状態に到達する速度が座位間の組換え率に依存することも見つけている(Weinberg, 1909)。 これは英語圏ではR.B.Robbins(1918)によってGeneticsに発表されたのが最初とされている。

ハーディ・ワインベルグの法則は交配実験の行えない生物集団で、遺伝性を研究するのに役に立つ。 とくに、日常的なメンデル形質で家系調査が行えない場合は有効である。 ハーディ・ワインベルグの法則の拡張および人類集団への応用について次回のフォーラム講座で述べることにする。


引用文献


木村資生,1988「生物進化を考える」岩波親書、165-166頁)

Crow JF,1988 Eighty years ago: the beginning of population genetics. Genetics 119:473-476.

Hardy GH, 1908 Mendelian proportions in a mixed population. Science 28:49-50.

Hardy GH ,1940 A Mathematician's Apology. Cambridge University Press,Cambridge.

柳生孝昭訳「ある数学者の生涯と弁明」、シュプリンガー・フェアラーク東京(原書、訳書ともに入手可能)

Robbins RA,1918 Some applications of mathematics to breeding problems III.Genetics 3:375-389.

Stern C, 1943 The Hardy-Weinberg law. Science 97:137-138.

Weinberg W,1908 Uber den Nachweis der Vererbung beim Menshen. Jahres. Ver. Vaterl. Naturkd.Wuerttemb. 64:368-382.

Weibberg W, 1909  Uber Vererbungsgsgesetze beim Menshen. Z. Indukt. Abstammungs Vererbungsl. 1:277-330.


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