第22回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}


 

8.5 突然変異と機会的浮動の釣合い:中立多型neutral polymorphism

メンデルの実験からも明らか(第9回講座)なように、最初ヘテロ接合のみからなる集団は毎世代自家受粉を繰り返すことにより、ヘテロ接合は毎世代1/2の割合で減少する。 その結果最後には集団は2種類のホモ接合それぞれからなる2分集団で構成されるようになる。 突然変異や選択など他の作用がないのにも関らず、このような現象が起こる。 これは遺伝子頻度の機会的浮動による基本的な過程である。

任意交配だが自殖をしない集団(第10回講座)でさえ、ヘテロ接合の頻度は毎世代 {1-1/(2N+1)} の割合で減少する。 たとえば集団の有効な大きさ N が100なら、この値は0.995である。 200世代後にはヘテロ接合の頻度は最初の約37%となり、400世代後では約14%である。 大集団ですら十分時間が経てば、結局のところほとんどがホモ接合からなる分集団の集まりになる。

この進化的な過程を特定の対立遺伝子に注目することにすれば、究極には機会的浮動により遺伝子は消失するか固定するかいずれかである。 固定した分集団は系譜として進化の過程が続くが、消失した分集団はその時点で系譜は終わる。

集団内で新しい突然変異がたえず起こるからヘテロ接合が生じて、分集団はすべてホモ接合とはならない。 第17回講座で述べたように、新しく生じる突然変異対立遺伝子はこれまで集団に存在しなかったものであるとする(無限対立遺伝子模型)。 個々の対立遺伝子は減数分裂により複製される(これらを同祖遺伝子 gene identical by descentという)から、任意交配で生じる複数のホモ接合はいわゆるオート接合(5.10.1参照)である。 十分時間が経過すると機会的浮動と突然変異uとが釣合って、このオート接合である確率Fは

F≒1/(4Neu+1)

したがってヘテロ接合である確率H(=1-F)は

H=4Neu/(4Neu+1)

ここにNeは集団の有効な大きさである。 ここで重要な数量は

4Neu=H/F=(1-F)/F

であり、これは集団に存在すると考えられる有効な突然変異対立遺伝子の種類の数 Neu がオート接合の確率Fから予測できることを示している。

このことは進化の基本的過程を遺伝子頻度の変化に基づいて研究が行われてきた従来の集団遺伝学に、豊富なDNA塩基配列のデータと共に新たな遺伝子の系図における同祖遺伝子の研究から分子進化の過程を調べるアプローチが展開されるようになった(Ohta 1996, 第17回講座、6.2.4参照)。 分子進化については後述する予定である。

 

8.6.選択と移動の釣合いselection and migration

移動にはいろいろな様式があるが、ここでは第17回講座6.3.1で述べたライトの島模型に限定する。 おおよその傾向がつかむことにする。

ある生物種がいくつかの分集団に分かれており、たがいにほぼ隔離しているが、若干の個体交換をしているものとする。 (分集団の完全な隔離はそれぞれの生物種が交配し得ないから、種としての分岐の一要因ともなり得る。 したがって隔離の過程を解明することから生物種の分岐の機構を知る手掛かりが得られるかも知れない)。

ある対立遺伝子の頻度を第i番目の分集団で pi、集団全体で p としよう。 ライトの島模型では集団の一部Mが移動により毎世代入れ代わる。 移動者の間での問題の遺伝子頻度は集団の遺伝子頻度pに等しいものと仮定する。 世代あたりのi番目の分集団の対立遺伝子頻度の変化は

Δpi = -Mpi+Mp
  = -M(p-pi)

選択と移動による世代あたりの遺伝子頻度の変化率は連続模型を用いて

dpi/dt=pi(mi-m)-M(pi-p)

ここで mi-m は問題の対立遺伝子の平均過剰である。

ある分集団にやってくる移住者はその分集団の環境条件への適応が先住者よりよくないと考えられよう。 先住者はすでにその環境での選択を受けて馴れているいるとみられるからである。

平衡状態では左辺を0とおいて、問題の遺伝子座は2対立遺伝子があり、ヘテロ接合は両ホモ接合の丁度中間の適応度(マルサス径数s/2)であるとすると、

sp1(1-p1)-M(p1-p)=0

これから、

p1=[s-M+√{(M-s)2+4Msp}]/2s

たとえば M=s ならば、p1 = √{p}(>p) となる。また 4Msp≪(M-s)2 ならば p1≒Mp(<p) である。 これらの条件での平衡状態での p1 の値は s にほとんどよらないことは興味深い。

すべての分集団で移動が多く選択が微弱であると、分集団は互いに似た構成となる。 一方|s|≫Mで、各分集団での適応度が違うと、かなりの局地的な相違がみられよう。 詳細についてはWright(1940, 1951)を参照されたい。

 

8.7 移動と遺伝的浮動migration and random genetic drift

集団がいくつかの分集団に分割され(ここではライトの島模型を考えている)、それぞれの分集団が十分小さければ、遺伝的浮動の作用で各分集団の遺伝子頻度は機会的に違ったものになる。 集団間の移動はこれに拮抗する結果をうむ。 すなわち各分集団におけるオート接合体の頻度fの増加は十分世代が経過することによって移動率 M と釣り合って

f≒1/(4NeM+1)

の公式が得られる。 この結果は形式的には突然変異と機会的浮動の釣合いで得られた式と同じである。

M≪1/4Ne だと、f は大きくなり、分集団でのオート接合の局在性が高くなる。 一方、M≫1/4Ne であれば、移動の効果が部分集団で大きくなり、集団全体が一つの任意交配集団の状態に近くなる。

このことは移住者の数がほんのわずかでも集団は任意交配集団の状況を呈する。 集団での 1/Ne は Ne の大きさの集団の1名のことで、移住者が毎世代1名おれば局地的な分化はまずない、つまり隔離の効果がないことを示唆する。 ところがもし移住者が近隣の集団からくるのであって、集団全体の任意抽出でなければこれほどでない。 近隣集団の遺伝子は同祖的である確率が高いからである。 この場合移動による均一化は集団全体からの移動者の無作為抽出の島模型と比べて緩やかである(Malecot 1955, Kimura & Weiss 1964)。

 

8.8 選択による平衡:1座位2対立遺伝子

最も簡単な任意交配が行われている1座位2対立遺伝子の場合を考えよう。 世代の模型は離散型とする。 世代は受精時を基準として測ることとし、各接合体の頻度、選択が働く前の接合体頻度、それに適応度を次のように表わすことにする。

遺伝子型 頻度 適応度
G1G1 p12 w11
G1G2 2p1p2 w12
G2G2 p22 w22

ここでp1、p2はそれぞれ対立遺伝子G1とG2の頻度で、p1+p2=1である。

世代あたりの対立遺伝子G1の頻度p1の変化量は

Δp1=[p1p2{p1(w1-w12)+p2(w1-w22)}]/w

ここに w=w11p12+w12(2p1p2)+w22(p22)は集団適応度である。

平衡状態では遺伝子頻度の変化はないから、Δp1=0である。 したがって

p1e = (w22-w12) / {(w11-w12)+(w22-w12)}
p2e = (w11-w12) / {(w11-w12)+(w22-w12)}

この他に自明な平衡点 p1e=0 と p1e=1 とがある。 Δp1=0 はその他、w11 = w12 = w22 (選択がない中立)で p1 = p2 = 1/2 の場合があるが、これは平衡点とはいわない。

ここで平衡点 p1e の性質を調べてみよう。 なにかの作用である世代に遺伝子頻度が平衡頻度から若干ずれたとしよう。 次の世代でそのずれが小さくなり平衡頻度に近づくのであれば、その平衡点は安定であるという。 そうでなければ平衡点は不安定であるという。 この場合の平衡点は選択作用で決まり、ずれの原因となるなにかの作用は例えば、浮動や移動など平衡点を維持する作用と直接関係のない要因である。

この系で遺伝子頻度が 0<p1<1 であるには p1e の式の分子、分母が同符号でなければならないことから明らかである。 したがって

i) w11<w12> w22
ii) w11>w12< w22

のいずれかであることが必要にして十分な条件である。 この選択作用は i) 超優性、ii)負の超優性と呼ぶ場合に相当する。

平衡点でのずれをξとしよう。 すなわちp1= p1e+ξ。 そうするとp2=p2e-ξだからΔp1e=0であることに注意して、

  
Δξ = Δ(p1-p1e)
  = Δp1
  p1ep2e{(p1e+ξ)(w11-w12)+(p2e-ξ)(w12-w22)}/we
  = p1ep2e{(w11-w12)+(w22-w12)}ξ/we

ここに we は平衡点における集団の適応度である。

i)の条件なら (w11-w12)+(w22-w12)<0 だから、Δξ/ξ<0 でその絶対値は1より小さい。 これは最初のずれた方向と反対向きに遺伝子頻度が変化することを意味し、しかも反対向きの変化は最初のずれよりその大きさの絶対値が小さい。 すなわち、最終的には p1e に到達する。 安定平衡である。

ii)の条件では (w11-w12)+(w22-w12)>0 となるから、Δξ/ξ>0 で、ずれは世代ごとに大きくなる。 不安定平衡である。

(w11-w12)+(w22-w12)=0 では Δξ/ξ=0 で、予想されない外因で生じた遺伝子頻度のずれはそのままであり、毎世代外因によるずれがあればその大きさだけ機会的な方向にずれる。 遺伝子頻度の平均的な予測はできない。

超優性の場合(i)を選択係数を用いて説明しよう。 w11=1-s1, w12=1, w22=1-s2とおけば、

p1e = s2/(s1+s2), p2e = s1/(s1+s2)
we = 1-s1s2/(s1+s2)

Δξ/ξ=S, ここで S=-1/(1/s1+1/s2-1)

平衡点での外因によるずれから元にもどる過程での遺伝子頻度の変化は

p1t = p1e+ξ(1+S)t

で表わされる。

負の超優性については、上式で選択係数 s1、s2 の符号がマイナスとなるから、S>0 となり遺伝子頻度は世代の経過とともに平衡点から遠ざかる、すなわち不安定の状況となる。

アフリカのマラリア流行地における鎌状赤血球症。 マラリア流行地域ではβヘモグロビンに平衡多型が観察された(Allison 1964)。 正常ホモ接合HbA/HbAのヒトはヘテロ接合HbA/HbSの個体よりマラリアに罹りやすい。 HbS遺伝子ホモ接合の個体は子どもを残す前に貧血でほぼ死亡する。 選択係数はほぼ s1=0.15, s2=0.90 と求められているから、

平衡頻度: p1e =0.90/(0.90+0.15)=0.86, p2e=1-p1e= 0.14
平衡集団の適応度: we =1-(0.15)(0.95)/(0.90+0.15) = 0.87
ずれの変化率: S =-1/{1/0.15+1/0.90)-1} = -1/6.78= -0.15
ずれのなくなる速度: 1+S =0.85/世代
遺伝子頻度の変化: p1t =0.14+ξ(0.85)t

なおマラリアの流行していない地域(例えば米国)では正常ホモとヘテロ接合とに選択差はなくなり、HbS遺伝子はHbAに対して劣性である。 米国のアフリカ移民にみられるこのヘモグロビン多型はしたがってHbS遺伝子が非常にゆっくりと減少していく、通常の劣性遺伝子が選択されて行く経過多型である。

超優性座位と突然変異:平衡点の近傍での突然変異の効果を調べてみよう。

G1とG2の突然変異率をそれぞれu,vとする。 すでに求めた平衡点

p1e = s2/(s1+s2)

の近傍における遺伝子頻度の変化を表わす式は

Δξ = -[1/{1/s1+1/s2-1}]ξ-u(p1e+ξ)+v(p2e-ξ)

である。 上式の右辺を0とおいて得られる

ξe = {-up1e+v(1-p1e)}/{s1s2/(s1+s2-s1s2)+u+v}

は突然変異を考慮したとき p1e に加える補正項である。 この補正項は、u,v が s1,s2 に比べて小さければ ξe は p1e に対して無視しても差し支えのない大きさである。 たとえば u=10-6, v=10-5, s1 = s2 = 10-2 であれば p1e = 1/2 に対しては ξe はほぼ 9x10-4である。

ラーナー(Lerner 1954)は生物集団のもつ遺伝的組成を一定に保とうとする性質を遺伝的ホメオスタシスgenetic homeostasisと呼んだ。 また自然集団の中でまれな遺伝的変異個体が単に突然変異と選択との釣合いで予測されるよりはるかに高い頻度で含まれる場合、フォード(Ford 1940)はこれを多型polymorphismと呼んだ。 とくに頻度に平衡が保たれているものは平衡多型balanced polymorphimsという。 今日ではより量的に定義されており、ある遺伝子座が多型であるとはその座位の一番頻度の高い対立遺伝子が0.95(あるいは0.99)を越えないことである。単型monomorophicであるとは多型でないことである(Kimura 1968)。 0.95,0.99の数値は観察データから得た基準である。 また遺伝子の頻度が0.005以下ならまれrareであるという。

選択が関与するさまざまな選平衡多型のモデルについてLi(1967)の解りやすい解説がある。

8.9 伴性遺伝子に関する平衡多型

任意交配の行われている集団で、2対立遺伝子のある一つの遺伝子座を考えることにする。 雄の G1,G2 配偶子頻度をそれぞれ p1*,p2*、雌の対応する配偶子頻度それぞれを p1**,p2**とする(*はX染色体をあらわす)。

雄の G1,G2 の適応度を w1,w2、雌のそれぞれの適応度を w11,w12,w22 とする。 受精直後の各遺伝子型の頻度は次のようになる。

 
遺伝子型 G1 G2 G1G1 G1G2 G2G2
頻度 p1** p2** p1*p1** p1*p2**+p1**p2* p2*p2**
適応度 w1 w2 w11 w12 w22

ただし、p1** = 1-p2**、p1* = 1-p2*である。

次の世代の G1 対立遺伝子の頻度は次のようになる。

{ p1*' =w1p1**/w*
p1**' ={w11p1*p1**+(w12/2)(p1*p2**+p1**p2*)}/w**

w*とw**はそれぞれ雄集団と雌集団の(平均)適応度である。

以下の計算では遺伝子頻度でなく遺伝子比gene ratioを取り上げよう。

{ x =p1*/p2*
y =p1**/p2**

次の世代では

{ x' =(w1/w2)y
y' ={w11xy+w12(x+y)/2}/{w12(x+y)/2+w22}

となるが、平衡状態ではx'=x, y=y'であるから w1/w1=k と置いて、次の関係が得られる。

ye={2w11kye2+w12(kye+ye)}/{w12(kye+ye)+2w22}

yeは平衡状態におけるyの値である。この式をyeについて解き、xe=kyeであること から、

{ ye ={(k+1)w12-2w22}/{(k+1)w12-2kw11)}
xe =kye

yeは正の値であるから、次の条件が必要にして十分である。

(k+1)w12-2w22>0、 (k+1)w12-2kw11>0

あるいは

(k+1)w12-2w22<0、 (k+1)w12-2kw11<0

平衡点が安定である必要で十分な条件は次の通りである。詳しい計算は木村 (1960)あるいはクロー・木村(Crow and Kimura 1970)を参照されたい。

{ w12/w11>2w1/(w1+w2)
w12/w22>2w2/(w1+w2)

この結果はBennet(1957)の求めた条件と一致する。またホールデン・ジャヤカール (Haldane and Jayakar 1964)も同じ結果を得ている。

伴性遺伝子で考えられる平衡多型の例。

  1. 雄では中立(w1=w2)で雌では超優性(w11<w12>w22)。
    明らかに上の2式を満たすから、安定な平衡である。  
  2. 雄で有利だが、雌では不利な伴性遺伝子(Haldane 1954)。
    G2をその様な遺伝子としよう。そうすると w1<w2 で w11>w22 とな場合に相当 する。
    もしG2が劣性ならば(w12=w11),最初の条件は満たすから
        2w2/(w1+w2)<w11/w22(=w12/w22)
    を満たせばよい。
    もしG2が優性ならば(w12=w22)、第2の条件の右辺は1となり、左辺は1より大きくなるから、成立しない。すなわち、平衡点は安定でない。

以上からこのような遺伝子は劣性なら平衡多型の原因となり得るが、優性であれば原因となり得ない。

 

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