44.永久凍土内での3万年の眠りからさめた巨大ウイルス:ピソウイルス

(社)予防衛生協会理事
東京大学名誉教授 山内一也

ウイルスは細菌より小さいとみなされてきた。しかし、21世紀に入って、小型の細菌よりも大きな巨大ウイルスの発見が相次ぎ、生命体としてのウイルスの生態や進化における位置づけについて関心が高まっている。今年の3月には、シベリアの永久凍土から3万年前の巨大ウイルスが発見されアメーバに感染・増殖することが報告された。これら巨大ウイルス発見をめぐる動きを、表に従って、眺めてみる。

ウイルス 分離年 由来 ゲノム

サイズ( kb)

遺伝子

(推定)

粒子直径

nm

粒子形態 ウイルス複製部位 ゲノム

GC/AT含量

ミミウイルス(英国) 2003* 冷却水中のアメーバ 1,185 981 390 正二十面体 細胞質 AT: 72%
ママウイルス(フランス) 2008 冷却水・アメーバ接種 1,191 1,023 390   “  “   NA**
ムームーウイルス(フランス) 2008 冷却水・アメーバ接種 1,021 930 420     “  “   NA
メガウイルス(チリ) 2011 海水・アメーバ接種 1,259 1,120 440   “  “   NA
パンドラウイルス

(チリ)

(オーストラリア)

 

2013

 

海水・アメーバ接種

淡水・アメーバ接種

 

1,900

 

2,500

 

1,502

 

2,556

 

1,000

 

つぼ状

 

 

GC:  >60%

ピソウイルス(シベリア) 2014 永久凍土・アメーバ接種 600 467 1,500 つぼ状 細胞質 AT:  >70%

ミミウイルス科:ミミウイルス、ママウイルス、ムームーウイルス、メガウイルス
*分離されたのは1992年だが細菌と考えられており、2003年にウイルスであることが明らかにされた。
**NA:報告なし

 巨大ウイルス

最初に見つかった巨大ウイルスは、2004年に報告されたミミウイルスである。これは1992年、英国で肺炎の集団発生の原因と疑われた空調の冷却水中を調べた際に、アメーバから偶然発見されたものだったが、当初は小さな細菌とみなされて10年あまり冷凍庫に保存されていた。フランス・マルセイユ地中海大学のディディエ・ ラウール (Didier Raoult)たちが、これは細菌ではなく、ウイルスであることを証明し、細菌に似ている(mimic)ことから,ミミウイルスと命名したのである。その後、実験中にミミウイルスに感染して急性肺炎が起きた例や,人の血清にこのウイルスに対する抗体が見つかり、アメーバだけでなく、人にも感染することが疑われた1

ミミウイルスの発見をきっかけに、巨大ウイルスの探索が始まった。2008年ラウールたちは、冷却水をアメーバに接種することでママウイルスとムームーウイルスを分離した2。一方、フランスのエイクス・マルセイユ大学のジャン・ミシェル・クラベリー(Jean-Michel Claverie)たちも、アメーバへの接種により水中の巨大ウイルス探索を行い、2011年にチリの海水からメガウイルスを分離した。これらのウイルスの特徴は、表に示したように、いずれも粒子直径が400ナノメーターで、それまで最大とされていた天然痘ウイルスの倍以上と大きい。ゲノムのサイズは100~120万塩基対で、もっとも小型の細菌であるマイコプラズマの約2.5倍に相当する3。このウイルスに対してクラベリーたちは、メガウイルス科の名前を提唱しているが、現時点での国際ウイルス命名委員会の報告では、ミミウイルス科に分類されている。

2013年、クラベリーたちにより、ミミウイルスの2倍を超えるさらに大型のウイルスが分離された。チリの海岸とオーストラリアの湖の水をアメーバに接種して得たもので、ゲノムのサイズも190~250万塩基対と、はるかに大きい。しかも、粒子の形を見ると、ミミウイルスは通常のウイルスに良く見られる正20面体なのに対して、壺の形をしていた。そこで、彼らはこの新しいウイルスをパンドラウイルスと命名した4。ギリシア神話によれば、ゼウスの命令で最初に創造された女性であるパンドラが神々からもらった壺(アンフォラ)に形が似ていることからである。なお、パンドラの箱と呼ばれているのは、16世紀にギリシア神話がラテン語に訳された際、ギリシア語のpithos(アンフォラ)が誤ってラテン語のpixys (箱)とされたためと言われている。

パンドラウイルスは、表に示したように、ミミウイルスといろいろな点で異なっている。パンドラウイルスはGC含量が60%を超えており、ミミウイルスでは30%以下と少ない。ゲノムの配列から推定される遺伝子の数は、チリのパンドラウイルスで1500、オーストラリアでのパンドラウイルスは2556と、ミミウイルスと比べて2倍以上多い。一番大型とされていた天然痘ウイルスのゲノムは18万塩基対で遺伝子は180だから10倍前後も存在することになる。これらの遺伝子のほとんどは、既知のウイルスや生物には見られないものである。アメーバ内での増殖を調べると、ウイルスDNAの複製は核内で行われている。ミミウイルスは自前のDNA合成酵素により、細胞質内で複製されるが、パンドラウイルスは細胞の核内のDNA合成酵素の働きに依存していると推測される。こうして、パンドラウイルスはミミウイルスとは別のタイプの新しい巨大ウイルスとみなされている。

*GC含量は核酸の性質を示す指標として用いられている。DNAの4つの塩基(ATGC)はA-T, G-Cと対になっており、GC含量とAT含量を合わせれば100%になる。GC対の方がAT対より結合が強いので、GC含量が多いDNA の方が安定していると考えられている。

 

図

   図

巨大ウイルスのハンターとなったクラベリーたちは、ロシア科学アカデミーの土壌科学専門家の協力により、シベリアの永久凍土のサンプルからアメーバを餌として巨大ウイルスの採取を試みた結果、パンドラウイルスよりも大きなウイルスの分離に成功し、米国科学アカデミー紀要の2014年3月号にその結果を報告した。放射性炭素による推定で3万年以上前の永久凍土から分離された巨大ウイルスは、パンドラウイルスと同じような壺の形をしていた(図)。一方で粒子の直径は1500 ナノメーターとパンドラウイルスの1.5倍と、これまでで最大のものだった。ところが、ゲノムサイズはパンドラウイルスの1/3ないし1/4と小さく、遺伝子の数も1/3から1/5しか存在していなかった。GC含量は30%以下で、ウイルスの複製は細胞質内で行われるといった、パンドラウイルスと異なる性状を示していた。クラベリーたちは、このウイルスをピソウイルス(pithovirus)と命名した5。ピソは前述のギリシア語のピトス(pithos)からとったものである。

ピソウイルスとパンドラウイルスという、外見上は酷似していながらゲノムの面では大きな違いを示す、二つのウイルスは、進化の過程でどのようなつながりがあるのだろうか。粒子の先端にコルクのようにつまった構造は何の役割を受け持っているのだろうか。アンフォラは古代ギリシアやローマでは、ワインなどの容器に用いられていたが、その栓に相当するかのように見える。巨大ウイルスをめぐる興味はつきることがない。

2012年には、シベリアの永久凍土から発掘された300年前のミイラから天然痘ウイルスDNAが検出されたが、この際にはDNAは断片化されていて、感染性は見られなかった6。しかし、3万年前のピソウイルスが回収されたことから、極地での資源開発による掘削などにより古くから眠っていたウイルスがよみがえる可能性を念頭に置く必要があると、著者たちは警鐘を鳴らしている。

 

参考文献

  1. 山内一也:ウイルスと地球生命、2012、岩波書店
  2. Arslan, D. et al.: Distant mimivirus relative with a large genome highlights the fundamental features of Megaviridae. Proc. Natl. Acad. Sci., 108, 17486-17491, 2011.
  3. Yoosuf, N. et al.: Related giant viruses in distant locations and different habitats: Acanthamoeba polyphaga moumouvirus represents a third lineage of the Mimiviridae that is close to the Megavirus lineage. Genome Biol. Evol. 4, 1324-1330, 2012.
  4. Phillippe, N. et al.: Pandoraviruses: Amoeba viruses with genomes up to 2.5 Mb reaching that of parasitic eukaryotes. Science, 341, 281-286, 2013.
  5. Legendre, M. et al.: Thirty-thousand-year-old distant relative of giant icosahedral DNA viruses with a pandoravirus morphology. Proc. Natl. Acad. Sci., 111, 4274-4279, 2014.
  6. Biagini, P. et al.: Variola virus in a 300-year-old Siberian mummy. N. Engl. J. Med., 367, 2057-2059, 2012.