人獣共通感染症連続講座 第55回 マイナス鎖RNAウイルスの出現と再出現

(10/4/97)

第10回ネガテイブ・ストランド(negative strand)ウイルス国際会議が9月21日から26日までアイルランドのダブリンで開かれました。 negative strand virus (マイナス鎖RNAウイルス)は、ウイルス専門家以外にはなじみのない言葉です。 ポリオウイルスなどはプラス鎖RNAウイルスで、ウイルスRNAそのものがメッセンジャーRNAになります。 これに対して麻疹、インフルエンザなどのウイルスは、ウイルスRNAは一旦転写されてプラス鎖にならないとメッセンジャーRNAにならないことからマイナス鎖と呼ばれています。

この国際会議は3年毎に開かれる国際ウイルス学会(昨年夏、エルサレムで開かれました)の翌年に開かれています。 前者は数千人が集まるお祭りに近い大きな会議ですが、マイナス鎖RNAの方はこの分野の専門家のみの集まりで、1会場とポスターだけです。 最先端の研究内容が発表され、議論の内容も非常に濃密です。

このグループのウイルスにはオルソミクソウイルス科(インフルエンザウイルス)、パラミクソウイルス科(モービリウイルス属など)、ラブドウイルス科(狂犬病ウイルス)、フィロウイルス科(エボラとマールブルグウイルス)、ブニアウイルス科(ハンタウイルス)などが含まれます。 エマージングウイルスとして関心の高いウイルスのほとんどが、このグループに属しているわけです。

この会議の世話役はCDCウイルス部門長のブライアン・マーヒーBrian Mahyとスイス・ジュネーブ大学のダン・コラコフスキーDan Kolakovsky教授で、これまでの会議ではどちらかというと分子生物学の面が中心になっていましたが、今年はマーヒーが中心になって、とくにエマージングウイルスに大きな焦点があてられました。 会議のタイトルも和訳した表題のようにemergence and reemergence of negative strand virusesです。 かなり関心が高かったようで、参加予定人数を上回り、遅くなって申し込んできた数十人は断られたそうです。

エマージングウイルス関連の演題の発表者としては、CDCのトニー・サンチェスTony Sanchez、スチュアート・ニコルStuart Nicol、パスツール研究所のルグエノLe Guennoなど、なじみのある人たちの多くが参加し、また座長としてCDCの特殊病原部長C.J.ピータースも参加しました。 彼は、この第53回講座でご紹介したVirus Hunterの著者でもあります。

全部で329題の発表の内訳はやはりインフルエンザや麻疹ウイルスなどが主で、私の興味も麻疹ウイルスを中心とした演題でしたが、ここではエマージングウイルスに関連した内容についてご紹介します。

この分野の話題としては、ハンタウイルスで28題、フィロウイルスで16題、そのほか狂犬病ウイルス、リフトバレイウイルスなどの脳炎ウイルス、ボルナウイルスなどが数題ずつ発表されました。 発表者のほとんどは、この分野の最先端の研究を行っている人なので、エマージングウイルスについてのウイルス学的研究の現状をうかがい知ることができたと思います。 むずかしい話はなるべくさけて、エマージングウイルスについての基礎的研究の傾向について、ご紹介しようと思います。

1. エボラウイルスとマールブルグウイルス

この研究の中心はCDCとマールブルグ大学のクレンクKlenk教授のグループです。 CDCではモルモットやマウスにエボラウイルスを順化して、人での病気に近い病態を示す動物モデルを作り、ワクチンの研究を行っています。 とくに系統13の近交系モルモットがもっとも期待できそうです。

驚いたのはエボラウイルスとマールブルグウイルスの動物モデルの研究がロシアでも行われていることです。 シベリアにあるノボシビルスクの研究所です。 私の記憶に間違いなければ、WHOへの連絡なしに、モスクワのウイルス製剤研究所で保管されていた痘瘡(天然痘)ウイルスが、ここに移されたと聞いております。 この研究所からは、マールブルグ大学との共同研究を含めると7題がポスターで発表されていました。 ほとんどが動物実験で、モルモットなどのほかに、マールブルグウイルスではミドリザルへの感染実験、エボラウイルスではミドリザル、アカゲザル、カニクイザル、ヒヒへの感染実験も行われています。

エボラウイルスのワクチン開発をめざした研究は、米陸軍感染症研究所USAMRIIDでコニー・シュマルジョンConnie Schmaljohnとケビン・アンダーソンKevin Andersonから別々に発表されました。 ウイルス・エンベロープの糖蛋白を免疫源に用いるという古典的方式のほかに、ワクチニアウイルスをベクターとした組換えワクチン、DNAワクチンと考えられる主な方法が用いられ、いずれも系統13モルモットのモデルで有効性が示されています。

興味があったのはザイールなどアフリカのエボラウイルスが人で致死的病原性を示すのに対して、フィリピンのカニクイザルから分離されたエボラウイルス・レストン株は病原性を示さないことについて、ウイルス蛋白の面で行われた比較研究です。 パラミクソウイルスなどでは、ウイルス・エンベロープ蛋白は細胞に感染し、蛋白分解酵素で切断されることで病原性を示すようになることが知られています。 これは、かって東北大におられた本間守男先生(後に神戸大学医学部長)がセンダイウイルスで発見されたもので、これはウイルス蛋白と病原性の関係を示した最初の重要な発見でした。 ところでザイール株とレストン株を比較すると、蛋白分解酵素で切断される部位のアミノ酸配列がひとつだけ違っています。 専門的になりますが、前者ではR-X-K(またはR)-R、後者ではR-X-X-Rと3番目のアミノ酸に違いがあります。 このひとつのアミノ酸の違いが病原性に関連して、どのような意義を持つのかは今後の重要な課題です。

ところで、マイナス鎖RNAウイルスのうち、パラミクソウイルス科、ラブドウイルス科、フィロウイルス科はインフルエンザウイルスなどとは異なり、分節のないRNAウイルスで、モノネガウイルス目に分類されています。 これらのウイルスで最近2~3年の間に、リバース・ジェネテイックス(逆遺伝学)とも呼ばれる技術が開発されました。 普通は自然界のウイルスについて、遺伝子の解析を行うのがウイルス遺伝学の方式ですが、その逆に、ウイルスの遺伝子の方から、感染性のウイルスを作りだす方式です。 エイズの原因であるヒト免疫不全ウイルスのようなレトロウイルスや、ポリオウイルスのようなプラス鎖RNAでは以前から、この技術が可能でしたが、モノネガウイルスでは非常に困難で、最近やっと突破口が開けたところです。 最初に狂犬病ウイルス、その後、麻疹ウイルスなどでも可能となりましたが、この方法がフィロウイルスでも応用され始めています。 エボラウイルスやマールブルグウイルスの遺伝子の方から、人為的に遺伝子構造に変異をいれた感染性ウイルスを作りだすものです。 この方法でウイルスを構成する各遺伝子の役割を調べることが可能になります。

2. ハンタウイルス

28題もの発表がありましたが、大別すると疫学、ワクチン開発、分子性状になるかと思います。

疫学の面ではCDCのニコルが世界的な発生状況をまとめていました。 1993年のハンタウイルス肺症候群の発生以来、世界の各地で新しいハンタウイルスが分離されています。 米国でもニューヨークではシロアシネズミから分離されていますし、南米ではアルゼンチンで人から人への2次感染例があります。 彼の言葉を借りれば、きのこのように続々と新しいハンタウイルスが分離されてきているので、それらを区別し分類するのは非常にむずかしいということです。 ハンタウイルスの遺伝子構造をもとに作られたウイルスの系統樹も大変複雑なものになってきました。

新しいウイルス分離も含めて、ハンタウイルスの現状についての報告はフィンランド、ギリシア、スロバキア、クロアチア、アルゼンチン、ロシアの南ウラル地方やハバロフスク地方、スウェーデン、北海道などから出されていました。

アルゼンチンでの2次感染は新聞などにもとりあげられて、かなりの反響を呼んだものです。 今回、アルゼンチンの研究グループが患者から分離されたハンタウイルスの遺伝子を解析してアンデス系統のウイルスが2次感染を起こした可能性を発表していました。 ただし、2次感染例はむしろ例外的で、北米では、160例近くの発生で2次感染はみいだされていません。

フィンランドでは年間に6,000例の感染が起きています。 原因のウイルスはプーマラPuumalaウイルスで、これは昔から流行を起こしているものです。 致死率は0.1%ですが、患者の5%位は腎臓透析を必要とする病原性があります。

関心がもたれたのは、スウェーデンとフィンランドのグループが、シベリアのツンドラに生息するレミングから新しいハンタウイルスを分離したという報告です。 これは1994年にスウェーデンとロシアの合同の生態調査隊がレミングの肝臓から分離したものです。 遺伝子を調べてみると、ハバロフスク・ウイルスやプーマラウイルスとかなり共通の遺伝子配列が見いだされ、おそらく、大昔に齧歯類の間でウイルスの水平感染があって、それからそれぞれの動物の中で固有のウイルスに進化したものと推定されています。 第2次大戦の最中にフィンランドのラップランドで流行性腎症(腎症候性出血熱のひとつ)が発生したのは、レミングからではないかと疑われて調査が行われているそうです。

ハンタウイルスのワクチンについては、B型肝炎ウイルスの遺伝子にハンタウイルスの内部核蛋白遺伝子を組み込んだキメラウイルスが、プーマラウイルスの自然宿主であるヨーロッパヤチネズミでの感染実験で防御効果を示したという報告が、ドイツ、スウェーデン、ラトビアの共同研究グループから発表されていました。 また、韓国では、ハンタンウイルス(ハンタンとハンタはまぎらわしい呼び名ですが、ハンタンウイルスは厳密にはウイルス株の名前で、ハンタウイルスはウイルス属の名前です。 韓国型出血熱と呼ばれていた当時、38度線のハンターン河の近くでセスジネズミから分離された原因ウイルスがハンタンウイルスと命名されたものです。 ハンタウイルス属の第1号がハンタンウイルスになります)を乳のみマウスの脳で、プーマラウイルスを乳のみハムスターの脳で、それぞれ増殖させ、それをホルマリンで不活化した、古典的ワクチンで防御効果が調べられていました。 ハンタウイルス肺症候群の原因であるシンノンブレウイルス以外では、防御効果があったそうです。

パラミクソウイルスやラブドウイルスと同様に、ハンタウイルスでもウイルス遺伝子の人為的な操作が可能になりつつあります。 この技術で、ウイルスの各遺伝子の機能を調べる研究が米陸軍感染症研究所で行われています。

CDCではハンタウイルスの間で再配列が起きる可能性を調べています。 ハンタウイルスの遺伝子は3つの分節からできていて、その間でちょうどインフルエンザウイルスの場合のように分節の交換が起きて、新しいウイルスの生まれる可能性があります。 シンノンブレウイルスなどのハンタウイルス肺症候群からの分離ウイルスの間では、かなり高率にい再配列の起こりうるという結果です。

私が座長をつとめたセッションは麻疹ウイルスが主でしたが、1題だけハンタウイルス肺症候群の原因であるシンノンブレウイルスについての発表がありました。 この病気が最初に発生したフォアコーナーズ地域にあるネバダ大学のグループからの発表で、自然宿主のシカネズミでのシンノンブレウイルスについての研究です。 自然感染したシカネズミについて調べてみると、意外なことに感染したシカネズミと未感染のシカネズミを同居させても同居感染は起こりません。 ウイルスは肺で大量に見いだされるのに対して尿ではみつかりません。 ただし腎臓にはウイルス抗原は検出されていました。 そのほか唾液の中にはウイルスが検出されます。 腎症候性出血熱の原因のハンタンウイルスなどではネズミの尿に排出されるウイルスが伝播の原因になっていますので、これとは大分異なるようです。 結局、現在のところ自然界でのシカネズミ間のウイルスの伝播様式は不明ということです。

3. その他

ボルナウイルスについての発表がかなりありました。 分子性状については大分研究が進んでいます。

一方、アマンタジンという抗ウイルス剤が人のボルナウイルスに対して試験管内で効果があり、またひとりの分裂症患者でも効果がみられたという成績が、すでに発表されていますが、それを追試した結果が報告され、確認できなかったということです。 この例に限らず、精神障害者との関連は不明であり、成績を過大評価しないよう注意しなければならないという意見が多くありました。

新しいウイルス出現の可能性を示唆する例として、米国でのヒトスジシマカAedesalbopictes(tiger mosquito)の広がりが指摘されました。 1985年にテキサスにみつかり、シカゴ、ミネアポリスと広がり、現在は21の州でみつかっています。 第9回本講座でご紹介した時には18州でしたから、さらに広がっているわけです。 実験室内での試験では20種類ものウイルスが、この蚊の体内で増殖します。 ブニアウイルス群に属するラクロス脳炎ウイルスとジェイムスタウン渓谷ウイルスは米国中西部の多くの場所に存在します。 しかも、これらは3つの分節から構成されているので、前に述べたように再配列を容易に起こす可能性が考えられます。 そこで、このふたつのウイルスをヒトスジシマカに経口感染させて調べたところ、再配列を起こした新しいウイルスができてくることを見いだしています。 3つの分節で交換が起きれば6種類の新しいウイルスができる計算ですが、実際にこれら6種類すべてが見いだされています。 この結果は蚊を介しての新ウイルス出現の可能性を示唆するものとして注目されます。

オーストラリアで起きたウマモービリウイルス感染については、これまでに2,411頭のウマの血清が調べられましたが、すべて抗体陰性でした。 34種類の野生動物を含む46種類の動物の5,000の血清で調べた結果では、オオコウモリだけに抗体が見いだされています。 すなわちオオコウモリが自然宿主であることは間違いないのですが、ウマへの感染は1994年の1回だけで、しかもほかのウマにはまったく広がっていません。 ウマへの感染がどのようにして起きたのかはいまだに大きななぞです。

ウマモービリウイルスは4羽のオオコウモリPteropusから分離されました。 第1例はフェンスにぶつかって大怪我をしていたP. poliocephalus (grey headed fox)で、子宮内液、流産胎児の肺、肝臓などからの分離、第2例は頭に怪我をしていたP. scapulatus (little flying fox)の腎臓から、第3例は脊髄に怪我をしていたP. alecto (blackflying fox)で、胎児の肺から、第4例は飼育中のP. polocephalusで、卵巣摘出した際に血液から、それぞれウイルスが分離されました。 これら3種類のほかにP.conspicillatusも含めた4種類のコウモリの血液中の抗体分布は5%から24%とまちまちです。 コウモリが自然宿主であることは決定的です。 これらオオコウモリ科の4種類のコウモリの和名、また、これらが日本に生息しているのかどうか、ご存じの方はお教え下さい。