人獣共通感染症連続講座 第90回 ウシ海綿状脳症(BSE)の現状

(12/19/99)

最近ではBSEのニュースを見る機会は非常に少なくなりました。 それだけ落ち着いてきたとみなせます。 大きな問題はとくに起きていませんが、問題がなくなったわけではありません。 最近問題になっている点を断片的ですが、ご紹介します。

1. BSEの発生状況

これまでに確認されたBSEウシは1999年7月2日現在で総計175,065頭です。 最盛期の90~91年には毎週400~900頭という大発生でしたが、97年以後には100頭以下と減少してきました。 今年はさらに減って毎週20~70頭の発生です。 それでも今年の年間発生数は3,000頭になると測されています。

2. 新型クロイツフェルト・ヤコブ病患者の発生予測

英国保健省が毎月出している患者発生状況によれば、今年の7月31日現在で新型CJDによる死亡者は43名になっています。 1996年が10名、97年が10名、98年が16名、99年は6名です。 この数字だけですと、発生が頭打ちになったか、または減少し始めているようにも見えます。 しかし、潜伏期が不明であり (クールーでは4年から40年以上)、今後の患者の発生予測は困難です。 BSEウシの発生予測を行ったことで有名なオックスフォード大学のアンダーソン教授によれば100人以下から100万人と大きな幅です。 ロンドン大学のジョン・コリンジ教授も同様の見解をランセット誌 (Vol.354、7月24日号)で述べています。

これに対して、ベルリン大学のヘイノ・ディリンジャー教授は異なる見解を発表しています。 それによれば、新型CJDの大部分は35才以下の人に起きており、BSEへの曝露は幼児期ということを前提として潜伏期を考えると、クールーでは幼児期に感染した場合、平均12年と推定され、一方新型CJDでは人の間の感染であるクールーと異なりウシから人への種の壁を越えることから平均潜伏期は25年になると推定しています。 この推定にもとずけば1994年から見いだされている新型CJD患者がBSEに曝露されたのは、BSEが発生する以前の1960年代から1970年代に起きたことになります。 この推定からの結論は、BSE曝露の重要な時期はBSE発生のピーク時期よりも数年前に終わっているかもしれないということです。 しかし、この結論には賛成しかねます。 BSE発生ピークの1990年頃を起点に考えれば2015年頃に大発生になるという推論もできるのではないでしょうか。

これまでに見いだされた新型CJD患者でもっとも若い人は16才でした。 ところが、最近のProMed (11月24日) によれば13才の少女の患者が見つかったとのことです。 まだ、診断は確定はしていないものの、診断方法の進歩で誤診の可能性はきわめて低いといわれています。 BSEの発生が報告されたのが1986年ですので、この患者はその時には1才以下でした。 ベビーフードの製造所の話ではBSE感染のおそれのあるウシの材料がベビーフードに用 いられていることはないそうですので、自宅で作った食事の中に牛肉のミンチや切れ端が入っていたために感染したのではないかと伝えられています。

3. 新型CJDの伝播

アイルランドのダブリンで今年の5月末に30才台の女性が新型CJDと診断されたということが、ランセット誌 (Vol.353,6月26日号) に発表されました。 英国、フランスに次いで新型CJD発生の3番目の国になります。 この患者はBSEが多発していた時期に英国に滞在していたことから、その際に感染を受けたものと推測されています。 なお、この患者は新型CJDの診断の前に、胃の内視鏡検査を受けていました。 同じ器具はその後49名の人に用いられていたため、これらの人に感染の心配を和らげるために連絡をとっていると言われています。 病院側は内視鏡や生検の器具からの感染の可能性は限りなく少ないと主張しています。

この患者の報告は、たまたまアイルランドの輸血担当局が献血者について1980年代終わりから1990年代初めに英国に滞在したこと経験の有無を調査する計画をたてていた時に発表されました。 1996年の調査ではアイルランド人の8%がその当時英国に1年以上滞在していたということです。

米国とカナダは1980年以降に英国に6ヶ月以上滞在したアメリカ人およびカナダ人の献血を禁止したと伝えられています。 2~3週間の滞在の場合は献血できますが、1980年から1997年の間に頻回英国に行ったことのある場合には、滞在期間を総計して6ヶ月になると禁止のようです。 この処置で20万ないし25万人が献血を拒否されるだろうという推定をある血液センターの人は述べています。 血液が新型CJDを伝播する証拠は皆無ですが、理論的危険性にもとずいた処置です。 ProMedによれば、この方針を決めた担当者は人々をこわがらせるつもりではないが、献血が拒否された人は驚くだろうと語ったと伝えています。

これに続いて、ニュージーランドでも1980年から96年にかけて英国に6ヶ月以上滞在していた人からの献血を禁止する方針を決めました。 この措置は2000年2月から実施するとのことです。

4. ウシ由来の医薬品

この問題についてランセット誌 (Vol.354、10月9日号) に、1980年代にフランスで使用されていたウシ由来製剤のうちBSE感染の危険性があった品目について、フランスの読者からの手紙が掲載されています。 本講座44回と49回で触れていますが、フランスでは1985年に欧米で成長ホルモンによるCJD患者が見いだされた時の行政対応が遅れて、CJD患者が多発して大きな問題になっています。 また、新型CJD患者が1名見つかっており、この人は英国産牛肉を食べたことはまったくなく、ボディビルのためのウシ成長ホルモンから感染したのではないかと疑われています。 このような背景から書かれたものと想像されます。

BSEウシでは脳、脊髄、網膜だけに感染性が見つかり、実験感染させたウシでは、これらのほかに小腸(回腸)にも感染性が見つかっています。 このことを念頭において、ウシの脳、脊髄由来の医薬品がリストアップされています。

  • 新鮮なウシ脊髄溶液 (1アンプル中に3g含有):静脈瘤性潰瘍、褥創潰瘍、十二指腸潰瘍、胃潰瘍、夜尿症、喘息、高血圧の治療用のために筋肉注射
  • ウシの脳と脊髄の乾燥抽出物:虚弱、疲労、回復時に筋肉注射
  • ウシ成長ホルモン:褥創潰瘍、脚の潰瘍、火傷の治療用に筋肉内または皮下注射。非公式にはボディビルでの筋肉増強用にも使用。
  • ウシ甲状腺刺激ホルモン:甲状腺の機能測定用に筋肉注射
  • ウシ下垂体後葉抽出物:陣痛促進、出産促進、陣痛微弱、子宮出血など産婦人科で点滴使用。喀血、消化器出血でも使用。

これらのほとんどは1992年のWHOの勧告以来ほとんど禁止されているそうです。 しかし、ウシ小腸由来の縫合糸が禁止されたのは1996年8月でした。 したがって、これらの医薬品や医療材料による感染の可能性を否定するのは困難だろうと述べています。 ちなみに日本で1996年4月に厚生省がアンケート調査した結果では、英国産ウシ由来医薬品は販売実績がなく、英国以外の外国産ウシ由来医薬品でも脳、脊髄などを原料としたものはありませんでした。

5. BSEウシ死体の処理

1996年3月に英国政府は30ヶ月法を施行し、30ヶ月令以上のウシの食用を禁止しました。 これらのウシの死体は細かく砕かれて気密性の倉庫に保管されています。 英国には全部で約40万トンのウシ死体を保管する場所が13カ所ありますが、BSE病原体を不活化するための最低基準1,000度の焼却炉は1カ所だけで、年間に1万5,000トンしか処理できません。

最近、5万トンの死体を保管している倉庫でネズミが死んでいるのがみつかりました。 本来、気密性のはずの倉庫の壁にひび割れが生じ、そこから病原体が漏れ出すおそれが問題になり、環境局が調査を始めたとのことです。

これまではBSEウシの死体の処理について議論がありましたが、今度は大部分が正常ウシで一部にBSE感染ウシが混じっている可能性のある死体の処理でも問題が提起されたわけです。