83. 人に致死的脳炎を起こしたリス由来の新しいボルナウイルス

 

メタゲノム解析は、新たに出現するエマージングウイルスの迅速診断に役立つことが期待されている。この場合、検査対象のほとんどはRNAウイルスであるため、まずRNAを鋳型として逆転写酵素(RT)により相補的DNA (cDNA)を合成したのち、次世代シークエンサーによる解析が行われている。2015年ベルリンのロベルト・コッホ研究所のグループは、臨床材料についての高感度のメタゲノム解析として、cDNAをポリメラーゼチェーン反応(PCR)で増幅したのちシークエンサーにかける詳細なプロトコールを報告している(1)

社会的に大きな問題となったエマージングウイルスがメタゲノム解析で見いだされた最初の例は、2012年に報告されたシュマレンベルクウイルスである(本連載33回)。発病牛の血液から直接、原因ウイルスのゲノムの遺伝子配列を決定して、これが新しいウイルスであることを明らかにしたのである。

シュマレンベルクウイルスを発見したドイツ、フリードリヒ・レフラー研究所のBernd Hoffmannたちは、今度は2015年7月、致死的脳炎の原因と推測される新しいボルナウイルスを、メタゲノム解析により、リスの一種、カワリリス(Sciurus variegatoides)から分離したことを報告した(2)。2011年の終わり頃、ドイツのザクセン・アンハルト州で3人の男性(63,62,72歳)が相次いで進行性脳炎または髄膜脳炎で、発病後2ないし4ヶ月で死亡した。生存中に行われたさまざまな検査で病原体は検出されなかった。3人はいずれもリスのブリーダーで、同じブリーダー協会に属していた。3番目の患者と接触があった1頭の健康なカワリリスのサンプルと、患者の新鮮な凍結脳についてメタゲノム解析が行われた結果、リスの肝臓、肺、腎臓、胸腔液で哺乳動物1型ボルナウイルスの塩基配列が70-80%共通性のあるゲノム断片が得られ、カワリリス1型ボルナウイルス(variegated squirrel 1 bornavirus: VSBV-1)と仮に名付けられた。

ボルナ病は1885年、ドイツ、ザクセン州の町ボルナで多数の軍馬が神経症状とともに死亡した際に命名されたもので、1920年代にウイルスが原因と分かりボルナ病ウイルスと呼ばれてきた。21世紀に入ってから、鳥類、爬虫類などからボルナウイルスが分離され、また京都大学朝長啓造教授グループによる内在性ボルナウイルス様配列の発見などを受けて、2014年、国際ウイルス分類委員会は、それまで1種だったボルナウイルス属に6つの種を設け、そのひとつ哺乳動物1型ボルナウイルスにボルナ病ウイルスは基準種として入れられている(3)

ところで、VSBV-1のRNAは症例3の患者の脳にも高いレベルで検出された。また、ほかの二人はホルマリンで固定した脳が調べられて、中程度のレベルで検出された。症例3の患者とリスの脳由来のウイルスゲノムのタンパク質をコードする領域の配列はほとんど同一だった。

3人の患者で、血清中にボルナウイルスの抗体が検出され、症例3では髄液中にも抗体が検出された。臨床症状が共通しており、リスとの接触状況などを含めた、疫学的な関連性も高いことから、彼らの致死的脳炎は、VSBV-1感染による可能性が高いと考えられている。注目すべき点として、3名とも60歳以上で、しかも持病(高血圧、糖尿病、または肥満)を抱えていた。そのため、重症になった可能性も指摘された。

ボルナウイルスのゲノムには、N, X, P, M, G, Lの遺伝子が含まれているが、N遺伝子について系統樹で調べた結果、VSBV-1は哺乳類1型ボルナウイルスと近縁だが、はっきりと異なる系列に相当していた。そこで、新しいタイプのボルナウイルスとみなされている。

ボルナウイルスは、1985年にドイツで精神疾患の患者の血清に抗体がみつかったことがきっかけとなって、日本を含む各国でボルナ病ウイルス(哺乳類1型ボルナウイルス)と精神疾患との関連が議論されてきた(4)。新たに、リス由来の人獣共通感染症の問題が加わったことになる。

 

文献

1. Kohl, C., Brinkmann, A., Dabrowski, P.W. et al.: Protocol for metagenomic virus detection in clinical specimens. Emerg. Infect. Dis., 21, 48-57, 2015.

2. Hoffmann, B., Tappe, D., Höper, D. et al.: A variegated squirrel bornavirus associated with fatal human encephalitis. N. Engl. J. Med., 373, 154-162, 2015.

3. Kuhn, J.H., Bào, D.R., Carbone, B.T. et al.: Taxonomic reorganization of the family Bornaviridae. Arch. Virol., 160(2): 621–632, 2015.

4. Carbone, K.M. (ed.): Borna Disease Virus and Its Role in Neurobehavioral Disease. ASM Press, 2002.