53. 善玉の腸内ウイルス

ゲノム科学の進展に伴い、これまでのようにウイルスを分離することなく、遺伝子配列を検出することでウイルスを見つける新しい技術メタゲノミクスが広く用いられるようになってきた。その結果として、ヒトの身体の中のウイルスゲノムの世界(virome)が明らかになってきている。そのひとつとして、健康な人の腸管で多くのウイルスが存在することが明らかになってきた。ほとんどは、腸内細菌に感染したバクテリオファージ(細菌ウイルス)であるが、ヒトのウイルスも見つかってきている。

細菌には善玉と悪玉があり、腸内細菌の多くは善玉と考えられている。ウイルスでは悪玉の顔しか知られていない。私は著書「ウイルスと地球生命」(岩波科学ライブラリー、2012)で、人の染色体に組み込まれたヒト内在性レトロウイルスのenv遺伝子が胎盤の栄養膜を形成することにより、胎児の発育を守っていることや、霊長類の進化にウイルスが関わっていた可能性などから、善玉としての側面を持つことを紹介した。しかし、増殖する能力を備えたウイルスが善玉の役割を果たしている例はこれまで見つかっていなかった。
ニューヨーク大学医学部Ken Cadwellたちは、ウイルスが腸内細菌と同じように共生していると考え、マウスに持続感染を起こすマウスノロウイルスCR6株をモデルに取り上げて、病原ウイルス以外の役割を検討した。その結果、善玉ウイルスとして働くことを最近のNatureに発表している。
抗生物質を無差別に投与すると、腸内に常在する善玉菌も排除してしまい、下痢などの症状を引き起こす。マウスに抗生物質を投与したのち、腸管を刺激する化学物質としてデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を投与すると、傷害が増加する。これは抗生物質で腸内細菌が失われたためと考えられている。そこでCadwellたちは、抗生物質を投与したのち、マウスノロウイルスを接種してみたところ、DSSによる傷害が抑えられて生存率が高まることを見いだした。別の実験では、抗生物質を投与したマウスにマウスノロウイルスを接種したのち、病原性大腸菌のモデルとしてシトロバクター・ローデンチウムを接種すると、ウイルスが接種されなかったマウスよりも体重減少、下痢、腸の病変が非常に軽くなることが示されている。彼らは、ウイルスが失われた腸内細菌の役割を果たしていると考えている。
善玉としての側面も含めてウイルスの世界を調べていけば、ヒトと共生しているウイルスの本当の姿が明らかになっていくであろう。

文献

Elizabeth Kernbauer, Yi Ding & Ken Cadwell: ‘Good viruses’ defend gut when bacteria are wiped out. Nature, Nov. 19, 2014. doi:10.1038/nature13960