137. アストラゼネカ社の新型コロナ・ワクチンはジェンナーの遺産

1796年のジェンナーによる種痘はワクチンと免疫学の出発点となった。しかし、ジェンナー研究所が設立されたのは、それから200年後の1996年である。それ以前に1886年にはパスツール研究所が設立され、続いてコッホ研究所、北里研究所なども設立されていた。

 

ジェンナーは1823年に死亡したが、強制的種痘への反対運動があって、彼の評価は両極端だった。パスツール研究所の設立がきっかけとなって、1897年に、消毒の導入による無菌外科手術を開発して外科学の父と呼ばれていたジョセフ・リスターを委員長としたジェンナー基金により、ジェンナー予防医学研究所が設立されたことがあった。しかし、すでにロンドンには勝手にジェンナーの名前をつけた民間のジェンナー痘苗研究所があって、名称の優先権を主張された。その結果、1903年、リスターの本意ではなかったが、リスター予防医学研究所に改名されて、ロンドン大学に付置された。後に天然痘根絶で広く用いられたワクチンは、この研究所のリスター株である。(1)

 

1996年、種痘200年記念の年、エドワード・ジェンナーワクチン研究所がオックスフォード近くのコンプトンにある動物衛生研究所の建物の一角を利用して設立された。ここは動物衛生研究所の本部で、ロンドン郊外のパーブライトに支所があり、私は、パーブライト支所で組換牛疫ワクチンの共同研究を行っていた。ジェンナー研究所の新設を免疫部長のアイヴァン・モリソンからかされたので、早速、コンプトンに出かけて、所長のF.バーンに案内してもらって、ジェンナー研究所の建物を見せてもらった。その2年後にオックスフォード大学に新しい建物が建設され、2005年にオックスフォード大学とパーブライト研究所(動物衛生研究所が改名されたもので、コンプトン本部は廃止された)との連携によるジェンナー研究所となって、現在に至っている。モリソンは現在、科学諮問委員会副委員長をつとめている。

 

ジェンナー研究所の所長はエイドリアン・ヒル教授がつとめている。ここのワクチン部門を統括しているのはサラ・ギルバート教授で、25名の優秀な研究者、エンジニアが働いている。研究所設立時から開発していたマラリアワクチンは、最近の臨床試験で77%の有効性が確認された。これは、WHOが目標としている75%有効性を上回った初めてのマラリアワクチンである。

 

この研究所の特徴は、GMP基準に適合したワクチン製造施設が設置されていることである。施設の責任者はキャスリーン・グリーン博士である。この施設で、自らが設計したワクチンを製造し、分注し、ラベルを貼るなど、臨床試験用のワクチンを完成させ、大学の臨床部門と共同で少なくとも第1相臨床試験までの作業を自前で行うことができる。ここがワクチン開発の拠点となって、実用化の前段階まですべてが実施できるのである。世界で唯一のユニークな存在といえる。(2)

 

新型コロナウイルスの発生でワクチン開発が急務になった2020年1月の初め頃、ギルバートとグリーンはエボラ出血熱に対する新しいベクターワクチン開発に従事していた。2012年以来、彼女らはチンパンジーのアデノウイルスをワクチン遺伝子の運び屋(ベクター)としてジカウイルスワクチンや中東呼吸器症候群(MERS)ワクチンなどを開発していたので、同様の手法で新型コロナウイルスに対するベクターワクチンの開発に全力を注ぐことを決断し、エボラワクチンの開発を中断した。

 

ギルバートはまず、チンパンジー・アデノウイルスをベクターとしたワクチンを設計した。そしてこれまでの豊富な経験にもとづいて、スピードアップした製造方式を検討した。一方で、資金獲得に奔走した結果、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)などから資金が提供され、1月末から臨床試験用のワクチンの製造を始めることができた。4月2日には分注日を迎え、最終製品500本のバイアルを完成させ、4月21日には検査を終えた。ベクターに挿入するDNAの構築から65日目だった。その間のさまざまな経緯は、ギルバートとグリーンの共著による『ヴァクサーズ:オックスフォード・アストラゼネカ・ワクチンとウイルスに対する競争の内幕』に生々しく語られている。(3)

 

4月30日、ギルバートはヒルからのメールで、オックスフォード大学が巨大製薬企業アストラゼネカ社と大規模製造についての契約を結んだことを知らされた。それまで、オックスフォード・ワクチンだったのが、オックスフォード・アストラゼネカ・ワクチンになったのである。その後、いつの間にか、アストラゼネカ・ワクチンになっている。

 

12月8日のランセット誌に、このワクチンの最初の臨床試験の成績が発表された。ギルバートの三つ子(21歳)は、生化学を専攻していたが、母親の許可をもらって、この臨床試験に被験者として参加した。新型コロナワクチンの臨床試験のフルペーパーとしては、世界初だった。(4)

 

臨床試験の段階ではこのワクチンは−80℃の超低温槽に保管されていた。しかし、彼らは既存のアデノウイルス・ワクチンが冷蔵庫の温度2―8℃で少なくとも一年間は安定というデータを沢山持っていた。アストラゼネカ社はこの点にすぐ気がつき、大量のワクチンでの試験で冷蔵保存が可能なことを明らかにした。もはや輸送の途中で溶解するおそれはなくなった。WHOのポリオや麻疹の根絶計画で世界のどこにでもワクチンを輸送できるコールド・チェーンが整備されていた。製造コストもほかのワクチンと比べてもっとも安い。そのため、このワクチンは2021年夏までに2億人以上に接種されていた。アストラゼネカ社は、年末までに低所得ないし中程度所得の国々を含めて30億人に配布する予定と発表している。

 

グリーンは『ヴァクサーズ』の中で、「われわれは、この研究所の創立の父であるエドワード・ジェンナーの大きな功績は天然痘に対するワクチン接種ではないと考えている。これは彼のアイディアではなく、大部分の科学者と同様、ほかの成果を積み重ねに基づいたものである。ジェンナーが行って、ほかの科学者が行わなかったことは、その成果を普及させ、ワクチン接種を広く進めたことだった。」と語っている。

 

6月にはウイリアム王子が研究所へ視察に訪れた。ヒルとギルバートは、新型コロナワクチンの功績に対して、7月エリザベス女王から大英帝国勲章を授与された。英国の医学研究支援団体ウエルカム・トラストの理事長、ジェレミー・ファー卿は、オックスフォード・アストラゼネカワクチンの開発を、最初の月面着陸、エベレスト初登頂などに匹敵する人類史に残る成果と賞賛している。

 

ジェンナー没後200年を2年後に控えて、ジェンナー研究所はその真価を発揮し始めている。

 

文献

 

  1. 山内一也:近代医学の先駆者:ハンターとジェンナー。岩波書店,2015.
  2. Gregory Zuckerman: A Shot to Save the World. The Inside Story of the Life-or-Death Race for a COVID-19 Vaccine. Portfolio/Penguin. 2021.
  3. Sarah Gilbert & Catherine Green: Vaxxers: The Inside Story of the Oxford Astrazeneca Vaccine and the Race against the Virus. Hodder & Soughton Ltd. 2021.
  4. Ramasamy, M. et al.: Safety and immunogenicity of the ChAdOx1 nCoV-19 vaccine against SARS-CoV-2: a preliminary report of a phase 1/2, single-blind, randomised controlled trial. Lancet, 396, Dec 19/26, 1975-1993, 2020.