92.自閉症のワクチン原因説:トランプ政権のワクチン政策はどうなるのか?

ワクチンに批判的なトランプ大統領

トランプ新政権でのワクチン政策に不安の声が高まっている。今年の1月に、トランプは弁護士のロバート・ケネディ・ジュニア(ケネディ大統領の甥)と面会した。彼は環境活動家で、ワクチンに批判的な立場で、とくにワクチンに防腐剤として含まれるチメロサールが自閉症の原因になるという、科学的根拠のない説を支持していることで知られている。「ワクチン接種はホロコーストと同じ」という発言もあった。メディアの報道では、トランプはケネディにワクチンの安全性に関する委員会を設立して、ケネディを委員長にする予定と語ったという。

トランプは、以前から自閉症のワクチン原因説を支持していた。2014年3月28日のツイッターでは、大量のワクチン接種が自閉症の原因ということをつぶやいていた。大統領選挙中の2016年8月には、フロリダで4名のワクチン反対活動家と会って、彼らに理解を示していた。その中には、自閉症のワクチン原因説を初めて提唱したアンドリュー・ウェイクフィールド(後述)が含まれていた。トランプとの会談の後、ウェイクフィールドはワクチン接種プログラムを作成しているCDCの大改革を期待するとメディアに語っていた。トランプは9月3日のツイッターで、「膨大な種類のワクチン接種に対する私の理解は間違っていなかった。医師たちはうそをついている。こどもたちと、その未来を救え」とつぶやいている。

そして、ケネディを委員長とするワクチン安全委員会設立の構想が出てきたのである。

米国には、予防接種専門委員会(Advisory Committee of Immunization Practices: ACIP)が50年以上前から設立されている。委員は15名で、予防接種と公衆衛生の専門家、ワクチン研究者、ワクチン品質管理の専門家、消費者問題や予防接種における社会問題に関する有識者などから構成されている。会議はすべて公開で行われ、予防接種に関する勧告などが委員の投票で決定される。

ACIPという非常にすぐれた委員会がありながら、あらたにワクチン安全委員会を設けるという動きに危機感を抱いた科学界を代弁して、『Nature』誌の1月19日号には、「ワクチンのために立ち上がれ」という論説が掲載された。

なお、日本には、ACIPのような委員会はないため、2010年には日本版ACIPの設立を目指して予防接種推進専門協議会が立ち上げられている。

自閉症のワクチン原因説

ワクチン接種が自閉症に関連するという説は、麻疹、ムンプス、風疹(MMR)ワクチンから始まった。

日本では、1989年から始まったMMRワクチン定期接種が、髄膜炎の多発が問題になって、1993に中止された。一方、欧米ではMMRワクチンは、髄膜炎ではなく、自閉症との関連にかかわる混乱を引き起こした。そして、MMRワクチンに始まった、自閉症のワクチン原因説は、チメロサール、次いで、過密なワクチン接種スケジュールへと移ってきている。その経緯を紹介する。

1998年英国の権威ある医学雑誌『ランセット』誌に、自閉症の発病にMMRワクチンが関連している可能性を提唱した胃腸病専門医アンドリュー・ウエイクフィールドの論文が掲載された。その内容は、彼の病院を受診した8名の子供で、自閉症の最初の症状がMMRワクチン接種を受けて一ヶ月以内に出現していて、いずれの子供にも胃腸障害の症状があり、内視鏡検査では大腸炎などの病変が見つかった。そして、これらの所見から彼は、麻疹ワクチンまたは風疹ワクチンが腸管の炎症を引き起こし、通常は血管に入らない有害なタンパク質が血中に侵入して脳に達し、自閉症を起こしたと推測していた。

彼の見解は、単なる仮説に過ぎなかったが、欧米のメディアは大々的に報道した。ワクチン専門の小児科医からは、①英国の子供は1-2歳でMMRワクチン接種を受けており、それがたまたま自閉症の発症の時期にあたっていたに過ぎない。②自閉症と診断されてから胃腸症状が出てきた子供もいて、腸管の炎症が有害タンパク質の侵入を招いたとはいえない。③麻疹、ムンプス、風疹、いずれのワクチン・ウイルスのゲノムも、腸管で検出されたことはない、といった多くの反論がだされた。

英国王立医学協会の専門家会議やCDC、小児科学会など多くの組織が直ちに調査を行ったが、MMRワクチンの導入後に自閉症の増加は見られず、両者の間に関連は見られないと結論した。

日本では、MMRワクチンの中止という英米とは違う経緯があったので、MMRワクチン導入ではなく、MMRワクチン中止と自閉症の関連が調査された。横浜市総合リハビリテーションセンターの本田秀夫と清水康夫が英国精神医学研究所のマイケル・ラターと共同で、1993年のワクチン種中止との関連を調査した結果、横浜市港北区内で1988年から1996年の間に生まれたすべての子供3万1000名での自閉症児の発生率は、MMRワクチン中止の後の方がむしろ増加していた。

ウェイクフィールドらの論文には、データにねつ造が見いだされた。さらに、ワクチンに反対する団体から研究費の支給を受けていたことが発覚した。これを受けて『ランセット』誌は2010年、この論文を全面的に削除した。英国医療観察委員会(General Medical Council: GMC)は、子供に対して必要の無い脊髄穿刺や大腸内視鏡検査を行って、根拠のない仮説を提唱したことなどから、彼の医師登録を取り消した。

しかし、ワクチン反対活動家たちからは、ウェイクフィールドはヒーローとみなされている。

拡大された自閉症ワクチン原因説

MMRワクチンと自閉症の関連は科学的に否定されたが、ワクチンと自閉症の関連という新しい考えは、チメロサールに引き継がれた。

チメロサール(エチル水銀チオサリチル酸ナトリウム)は、殺菌剤として半世紀以上にわたってワクチンに添加されてきた。チメロサールの安全性が問題にされ始めたのは、1968年、日本政府が水俣病の原因が有機水銀であることを正式に認めたことがきっかけとなった。水俣病はメチル水銀化合物であったが、ワクチンに含まれるチメロサールは大丈夫かという疑問が提示されたのである。これに対して1976年、米国食品医薬品庁(FDA)は、生涯の間に接種されるワクチンから摂取される水銀の量は危険性がないと正式に結論していた。

それから20年あまりのち、水銀をめぐる環境意識の高まりを受けて、FDAはワクチンに含まれるチメロサールについてのリスク評価を行い、1999年、チメロサールを含むワクチンの使用が害をもたらしている証拠はないが、環境保護局の指針にしたがって、チメロサールを含むワクチンはできるだけ早く市場から排除すべきであるとの通達を出した。この通達を自閉症児の親たちの1グループが自閉症の発生増加と結びつけた仮説をたてて、2001年「自閉症:水銀中毒の新しい形」という論文を『Medical Hypotheses』誌に発表した。雑誌に掲載されたことは、ワクチン反対活動にはずみをつけた。

この仮説に対して、スウェーデン、デンマーク、カナダ、米国、英国から、チメロサールと自閉症の間に関連が認められないという論文が2003年から2006年にかけて発表された。

チメロサールは元来、不活化ワクチンに添加されるもので、MMRワクチンのような生ウイルスワクチンには含まれていない。

こうして、チメロサールの自閉症原因説も科学的に否定された。その頃、ワクチン接種に反対するグループから、自閉症の原因として、いくつかの説が提唱されはじめた。その中でとくに、多数のワクチン接種がやり玉にあげられている。子どもに早いうちから、あまにも多くのワクチンを接種することは、まだ成熟していない免疫システムを乗っ取るため、免疫機能が弱まり、自閉症のような自己免疫病を引き起こすという説である。

この説を支持するとみなされた出来事が2008年に起きた。1歳7ヶ月の時に5つのワクチン、DPTワクチン、ヒブ(ヘモフィルス・インフルエンザ菌b型)、MMR、水痘、不活化ポリオの接種を受けた女の子が2日後から神経症状を呈し、1ヶ月後にミトコンドリア酵素欠損による脳症と診断された。その症状には自閉症に見られる異常と同じものが含まれていた。彼女はワクチン傷害の補償の対象と判断された。この際、CDCはワクチンによる自閉症に結びつける科学的証拠はないと、再度にわたって説明していたが、多くのメディアはワクチンによる自閉症と報じた。

多数のワクチン接種により自閉症が起きるという考えに対して、専門家からは、科学的根拠がないと、以下のような反論が出されている。①ワクチンの種類は確かに増えているが、この30年あまりの間に蛋白化学や組換えDNA技術などの進歩でワクチンの成分はきれいになってきている。たとえば、1980年代の7種類のワクチンには3000以上の免疫源となるタンパク質や多糖類が含まれていたが、現在用いられている15種類のワクチンでは200以下になっている。②多くのワクチンを接種された子供で免疫機能が低下している証拠はない。③自閉症は自己免疫病ではない。

米国では、すべての州の法律が子供の公立の学校への入学に際して、DPT、ポリオ、麻疹および風疹に対するワクチン接種を受けていることが要求しており、州によって異なるが、宗教、医学、哲学などの理由で、この義務が免除されている。チメロサール説、多数のワクチン説のいずれも科学的根拠はないが、これらの説にもとづいて、ワクチン反対グループは免除の条件の大幅緩和を求めている。

参考文献

山内一也、三瀬勝利:「ワクチン学」、岩波書店、2014.

Editorial: Stand up for vaccines. Nature, 51, 259, 2017.

https://www.washingtonpost.com/news/to-your-health/wp/2017/01/13/the-u-s-already-has-a-vaccine-safety-commission-and-it-works-really-well-experts-say/?utm_term=.00e00b678168

Bernard, S., Enayati, A., Redwood, L. et al.: Autism: a novel form of mercury poisoning. Med. Hypotheses, 56, 462-471, 2001.

Baker, J. P.: Mercury, vaccines, and autism. One controversy, three histories. Amer. J. Publ. Hlth., 98, 244-253, 2008 .

Offit, P.A.: Vaccines and autism revisited — The Hannah Poling case. N Engl. J. Med., 358, 2089-2091, 2008.

Gerber, J.S. & Offit, P.A.: Vaccines and autism: a tale of shifting hypotheses. Clin. Infect. Dis., 48, 456-461, 2009.