88.バイオハザードを示すロゴマークの由来

%e3%83%90%e3%82%a4%e3%82%aa%e3%83%8f%e3%82%b6%e3%83%bc%e3%83%89%e3%83%ad%e3%82%b4

 

バイオハザードとは、ウイルスなどの病原体の実験に伴って起きる感染のリスクを指す言葉として第2次世界大戦後に生まれた。バイオハザードの歴史は19世紀の細菌の狩人の時代から始まっていたが、手袋、マスク、白衣の着用といった単純な接触感染防止対策にとどまっていた。近代的なバイオハザード対策が生まれたのは、1960年代、ミドリザルから致死的マールブルグウイルス感染が起きたことがきっかけとなった。一方、その頃、ニワトリ白血病ウイルスやマウス白血病ウイルスの研究が進展し、ヒトの癌ウイルスの発見も間近と考えられていて、その場合に備えて、実験者の感染防止と外部社会への癌ウイルスの漏出を防ぐための施設整備が進み始めた。マールブルグウイルスの場合には、現実的なリスクとして、疾病予防制圧センター(CDC)に最初のBSL4実験室が設立された。一方、癌ウイルスの方は、国立癌研究所(NCI)で環境エンジニアリングの専門家集団により総合的な検討が行われた。

1974年、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)に在籍していた私は、霊長類センター設立の準備のために、3ヶ月にわたって米国の主な霊長類センターを初め、CDC、NCI などで情報収集を行っていた。そこで、バイオハザード対策に関する多くの情報が得られ、それらにもとづいて、予研でバイオハザード委員会が設立されてバイオハザード対策の骨組みが作られた。バイオハザード・ロゴマークも1974年から予研で用いられ、まもなく国内の研究施設に広がっていった。

このロゴマークが作製された経緯を、私は1974年にNCIの研究安全部のEmmett Barkley部長から詳しく聞かせてもらっていたので、その際のメモや文献を参考にして、まとめてみる。1965年、NCIは癌ウイルス研究のために、ベセスダの国立衛生研究所(NIH)のキャンパスにBSL3実験室を建設し、また、生物兵器研究施設(陸軍のフォートデトリック・キャンプに設置。現在はフレデリック市になっている)のBSL4実験室を癌ウイルス研究用に改造することになり、ダウケミカル社の子会社ピットマンムーア社に委託した。放射線領域を示す国際的に共通のロゴマークはすでに存在していたが、病原体を扱う領域を示すロゴマークは、陸軍、海軍、NIHなどで、さまざまのものが用いられていた。そこで、病原体の危険性がすぐに認識できる統一したバイオハザード・ロゴマークの必要性が明らかになり、ダウケミカル社の環境衛生エンジニアのチャールズ・ボールドウイン(Charles Baldwin)が作製の責任者に命名された。

バイオハザード・ロゴマークのデザインを決めるにあたって、以下の6つの条件が設定された。(1)すぐに注意を惹き付ける形であること、(2)ユニークであって、ほかのマークと混同しないこと、(3)すぐに認識でき容易に記憶できること、(4)容易に描けること、(5)対称的でどの角度からも同じに見えること、(6)種々の民族背景に受け入れられること、である。

ダウケミカルのパッケージング・エンジニアリング及びデザイン・グループが40あまりのデザインを考案した。そして、上記の6つの条件が受け入れられるかどうか、まずダウケミカルの社員に対して、ユニークさと記憶されやすいかの2点が調査され、6つのデザインにしぼられた。

最終的な全国レベルの調査は、集団心理学の実験で確立された方式により、2段階で行われた。最初の調査では、候補デザインがどの程度ユニークなものか試験された。25の都市の収入や教育レベルがさまざまな300人の男女に、この6つのデザインと、普通に使われている別のデザイン18種類を見せ、それぞれのデザインが何を意味するか、もしくは何に用いられているか、尋ねた。はっきり分からない場合には、デザインの示す意味を推測してもらった。そして、デザインに何らかの意味を答えた人のパーセントを、意味づけスコアとして求めた。この調査の目的はなるべく意味のないデザインを選ぶためのものだったので、低いスコアの方がもっとも望ましかった。

最初の調査から1週間後に、今度は覚えやすさについての試験が行われた。60種類のデザイン(最初の24種類も含む)を見せて、最初の試験で見たものを指摘してもらい、正解者のパーセントを各デザインについて求め、記憶スコアとした。その結果、6つのデザインのうち、2つがもっとも高いスコアとなり、これらは最初に見せられた無関係の18のデザインの平均スコアを超えていた。この2つのうち、1つは、意味づけスコア試験で、もっとも低いスコアだったため、これがもっとも覚えやすく、かつユニークなデザインと判断された。

このデザインは、炎のようなオレンジがかった赤色の蛍光インクで描かれた。そしてNCIをはじめ、陸軍や農務省のいくつかの研究所で6ヶ月間試験的に用いられたのち、1966 年、バイオハザード・ロゴマークとして正式に採用された。

WHOは1983年に実験室バイオセーフティ指針を策定し、ここでバイオハザード・ロゴマークは国際的なものとなった。このロゴマークは、当初は病原体を扱う施設で用いられていたが、現在では、病院で医療廃棄物を捨てるゴミ箱にも付けられていて、常日頃、多くの人が目にするようになっている。

文献

Baldwin, C.L. & Runkle, R.S.: Biohazard symbol: Development of a biological hazards warning signal. Science, 158, 264-265, 1967.

山内一也:エマージングウイルスの世紀。河出書房新社、1997.