5.「動物用ワクチンの新展開」

私が会長をつとめている獣医免疫研究会が第12回シンポジウムで上記のテーマを取り上げました。その発表内容を動物用生物学的製剤協会(動生協会)の会報(Vol. 34, No.2,2001年4月)に簡単にまとめましたので、転載します。
獣医免疫研究会は平成3年の第1回シンポジウム以来、毎年1、2回のシンポジウムを開いてきた。平成12年11月6日には第12回シンポジウム「動物用ワクチンの新展開」が東大山上会館で、生研機構との共催、JRA特別振興資金(畜産先端研基盤整備事業)による助成のもと、開催された。非常にユニークな内容であったためか、会場はほぼ満席に近い盛況となり、活発な討論が行われた。シンポジウムでの講演内容を簡単に紹介することにしたい。
まず、特別講演として千葉大学の谷口克教授が「新しい免疫系:NKT細胞」について、発表された。免疫系を構成するリンパ球は、これまで胸腺で分化するT細胞、抗体を産生するB細胞、およびナチュラル・キラー(NK)細胞の3種類の系列であったが、谷口教授は第4のリンパ球ともいうべきNKT細胞の存在を明らかにされた。
NKT細胞の役割としては、がんの免疫学的監視、自己免疫疾患の発症の抑制、免疫寛容の維持、寄生虫感染防御などが見いだされ、さまざまな免疫反応における中心的役割を担うものとみなされている。新たな生体防御の担い手として、ワクチンの免疫学的基盤にも深くかかわるものと思われる。

シンポジウムでは以下の4題が発表された。

1.リバースジェネティックスによる新しい組換え生ワクチン(東大医科研・河岡義裕)

ウイルス学領域におけるリバースジェネティックス(逆向き遺伝学)は、核酸から生きたウイルスを作出するものである。これまではDNAウイルスでのみ可能であったが、最近、RNAウイルスでもこの技術が開発され、ウイルス・ゲノムを自由に改変することが可能になってきた。ウイルスの弱毒化は経験的にさまざまな細胞や動物を継代して試みられていたが、遺伝子操作で自由にデザインする道が開けたのである。
最近、東大医科研に赴任された河岡教授は、インフルエンザウイルスで、cDNAからインフルエンザウイルスを作り出すリバースジェネティックスの技術を開発し、これにより、細胞に1度だけ感染してウイルス蛋白質を発現するが、新たな感染性ウイルス粒子は産生しないウイルスを作出して、「半生」ワクチンと命名した。自由に遺伝子改変が可能なことから、理想的な弱毒生ワクチンの開発や、ウイルスベクターとして遺伝子治療への応用の可能性も開くもので、新しいワクチン開発技術として注目される。

2.植物を用いた動物用ワクチン(北海道グリーンバイオ研究所・松村健)

これまでサブユニットワクチンは感染防御に働く蛋白質を大腸菌、酵母、動物細胞などで発現させたものであった。これを植物で発現させるのが本演題の目的である。コストが安く、将来は食べるワクチンとしての利用が期待されている。すでに諸外国では一部、人での試験も試みられている。これらの現状の紹介の後、松村博士のグループのジャガイモで発現させたウシロタウイルスのサブユニットワクチンの成績が紹介された。まだ、発現量が少ないため、マウスでの実験で十分な免疫効果が得られておらず、多くの技術的問題の解決が必要であるが、経口ワクチンの新しい方向性を示すものといえよう。たとえばクローバーのようなマメ科植物で防御蛋白質を産生させ、餌を介してのワクチン接種といったことは畜産領域における本技術への期待のひとつである。
3.ダニワクチンの開発:ベクターコントロールによる原虫病制圧にむけて(北大、杉本千尋)

住血吸虫によるタイレリアやバベシア感染症はダニが媒介する。これらの制圧の手段として原虫の増殖抑制のためのワクチン開発が試みられているが、原虫のもつ抗原の多様性や免疫を回避する能力のために有効なワクチンはできていない。演者はベクターとしてのダニに対する抵抗性を宿主に付与するという、新しい発想で研究を行っている。
ベクターの制圧での標的としては、ダニ唾液中の抗原物質と、ダニが保有する宿主成分の消化酵素や血液凝固系阻止のための蛋白質分解酵素が検討されている。そのひとつとして、演者はダニが宿主の皮膚に接着するためのセメント物質の構成蛋白質の遺伝子を分離し、それから作成した組換え蛋白質をワクチンとして利用することを試みている。予備的実験で、この組換えワクチンはダニの吸血を阻害しうることが明らかにされている。そのほかのセメント蛋白質遺伝子、プロテアーゼなどダニの吸血の生理学的機構の解明を通じて新しいタイプのダニワクチンの開発が期待される。
4.スギ花粉症治療のための抗原特異的ワクチン療法(国立感染研、阪口雅弘)

スギ花粉症は人だけでなく、ニホンザル、イヌでも自然発症例が確認されていて、治療実験のモデルとして期待されている。
演者はこれまでに、スギ花粉中の主要アレルゲンの同定と、そのT、B細胞エピトープの解明の研究を行ってきている。本講演では、それらの成果を応用したペプチドワクチンならびにDNAワクチンの開発研究が紹介された。ペプチドワクチンでは、T細胞エピトープをマウスに経口投与することにより、B細胞依存性のスギ花粉症特異的免疫反応が抑制されることが明らかにされた。
一方、DNAワクチンでは、スギ花粉主要アレルゲンのcDNAを発現プラスミドに組み込んだものが構築され、マウスでの効果が調べられた。その結果、スギ花粉アレルゲン特異的TH1型のT細胞の誘導が可能なことが明らかにされた。
これらの成果はスギ花粉症の新しい治療法として期待される。

付記

獣医免疫研究会は平成13年には設立10周年を迎えた。設立の目的は国内での本領域の研究者間の情報交換に加えて、国際免疫連合・獣医免疫委員会との連絡組織としての役割を受け持つことであった。現在の会員数は100名あまりである。参加を希望される方は筆者までご連絡いただきたい。(Fax: 0428-32-5454, E-mail: yamanokazu@aol.com)

これまでに開催したシンポジウムは以下のとおりである。

活動状況

第1回シンポジウム 平成3年10月26日

獣医免疫学の現状と展望

第2回シンポジウム 平成4年10月26日

BRAIN国際テクノフォーラム:免疫研究のフロンテイア(共催)

第3回シンポジウム 平成5年10月29日

獣医免疫の新展開をめざして

第4回シンポジウム 平成6年11月12日

各種動物におけるサイトカインおよび主要組織適合抗原複合体

第5回シンポジウム 平成7年9月10ー11日

Japan-OECD Joint International Workshop:

Novel Immunological Approaches to the Control of Diseases in Animals

第6回シンポジウム 平成8年11月11日

BRAIN国際テクノフォーラム:感染とサイトカイン(共催)

第7回シンポジウム 平成9年11月22日

国際ワークショップ:鳥類発生免疫学の新展開

第8回シンポジウム 平成10年11月6日

家畜T細胞サブセットと感染抵抗性

第9回シンポジウム 平成11年4月4日

獣医学会微生物分科会合同ワークショップ:小動物におけるアレルギー

第10回シンポジウム 平成11年10月13日

獣医学会合同ワークショップ:新しい抗原デリバリーシステム

第11回シンポジウム 平成12年4月6日

獣医学会微生物分科会合同ワークショップ:アレルギー病態解析の最前線

第12回シンポジウム 平成12年11月6日

動物用ワクチンの新展開