第33回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}


13.3 飛び石模型stepping stone model(Kimura,1953)

集団構造の飛び石模型はライトの島模型と連続模型の中間型である。このモデルは全集団が島模型のように離散的なコロニーからなるが、個体の交換は隣接するコロニーの間でのみ行われるとしている。ライトの島模型ではコロニー間の位置に関りなく個体の交換が同じ割合で行われるものと仮定している(第17回、6.3.1節参照)。前者の個体交換を隣接移動short range migrationといい、後者のそれは遠隔移動long range migrationと呼ぶことにすれば、島模型は遠隔移動のみを取り上げた模型で、これは飛び石模型の特殊な場合として考察することができる。親縁係数のいくつかの性質について13.2節で得られた結果は基本的には飛び石模型からも導くことができる。飛び石模型の詳しい性質はKimura and Weiss(1964),その研究史はNagylaki(1989)、数学的詳細についてはWeiss and Kimura(1965)を参照されたい。

ここでは木村(Kimura,1953)による最初のモデルを紹介するに止めよう。各「飛び石」の分集団の大きさをN(厳密には有効な大きさ)としよう。隣接する分集団と交換する個体の割合をmとする。そうすると遺伝子頻度xの確率密度φ(x)は次のように表わされる。

φ(x)=Cx8Nm(1-r)<x>-1(1-x)8Nm(1-r)(1-<x>)-1

ここで<x>は集団全体での遺伝子頻度の平均値、Cは∫φ(x)dx=1なるように決める定数であるが、ここで積分の範囲は(0,1)である。rは隣接する2つの飛び石での遺伝子頻度の相関係数で、次の方程式の正根である。

mr2+(2-3m)r+2(2m-1)=0

mが小さいなら、r≒1-mとなる。

分集団間の遺伝子頻度の分散Vは

V={<x>(1-<x>)}/{1+2Nm2(4+m)}

となるから、

FST=V/{<x>(1-<x>)}=1/{1+2Nm2(4+m)}

もし8Nm2(1-<x>)、8Nm2<x>いづれもが1より小さければ、対立遺伝子の機会的固定により飛び石分集団の間でかなりの分化が起こり得る。隣接分集団から世代あたりにくる移動個体数は2Nmだから、たとえば<x>=0.5なら、2Nm<√(N)で著しい分化がみられよう。たとえばN=10,000なら、2Nm=100移動個体より少なければそのような現象が生じる。同程度の分化が島模型で起こるには移動者の数は4世代に1個体の割合以下で起こるにすぎない。

マレコー、木村の集団構造の模型では分集団の大きさは有限としているが、全集団の個体数は無限大、すなわち局地の分集団の数が無限大であるとしている。丸山は分集団の数も有限で、移動が非対称的なより一般的な「飛び石」模型を研究した(Maruyama 1969;1970c;1970d;1971;1972a,b)。とくに遺伝子頻度の局地的分化と移動個体の数の関係を詳しく定量化することに成功した。二次元の飛び石模型において、各分集団の大きさをNとし、1分集団が隣接する4分集団と交換する個体率をmとすると、Nm<1のときにのみに著しい分化が起こり得ることを示した(多数の分集団はドーナツ状(円環体torus)に配置した模型)。これは分集団間の移動についてかなり厳しい条件である。各分集団が隣接する分集団と交換する個体数は、分集団の大きさと関係なく世代あたり平均して1個体以下の交換でなければ分集団間に分化が起こらないというのである。

ある地域に連続分布する模型では、この条件はNc<πとなる。Ncは半径cの円内の個体数で、cは世代あたり一方向に一個体が移動する距離を表わす。もしこの条件より多くの個体の移動がおこれば、集団全体はほとんど混合panmicticの状態である。著しい局地分化の状態からpanmicticの状態への推移は分布域全体で非常に速く進む。Nc>12で全集団はもはやあたかも単一のpanmictic集団のようになる。

このことは種のなかで2つ以上の対立遺伝子が分離していると、たがいにかなり離れた局地でも、それらの頻度はほぼ同じになるといえる(Kimura and Maruyama 1971)。丸山は隔離がもっと完全になり局地の分集団で違う対立遺伝子が固定するようになると、それらはそれらの中間の頻度となる地帯でつながって、結果として中立対立遺伝子が選択により生じる勾配cline(本講座13.5節参照)と同じ現象を引起すことがある、ことを指摘している。

分集団の数が有限である飛び石模型において、中立なイソ対立遺伝子isoalleleの数がどのくらい存在するのか。丸山(Maruyama 1970c)は突然変異は常に新しい対立遺伝子を生じ、決してすでに集団に存在する対立遺伝子とはならない、という仮定でこの問題を研究した。各分集団では任意交配が行われているとすると

f ={(1-u)2(1-f0)}/[2Ne{1-(1-u)2}]
≒(1-f0)/(4Neu)

ここで

f=集団全体からランダムに抽出した2つの相同遺伝子が同祖的である確率
f0=分集団内からランダムに抽出した2つの相同遺伝子が同祖的である確率
u=突然変異率
Ne=全集団の有効な大きさ

である。

したがって中立な対立遺伝子の数は

Neu ≒(1-f0)/(4f)

で与えられる。

このfとf0の関係式は全集団の有効な大きさと集団構造に変わりがなければ、分集団の飛び石様式や移動様式にかかわりなくかなり一般に成立することがわかった(Crow and

Maruyama 1971)。すなわち、Pを分集団から2つの相同遺伝子をランダムに選んだ確率、Qを分集団内の一個体に由来する確率とする。f1を2つの異なる分集団から由来する2つの相同遺伝子が同祖的である確率とする。それぞれの定義から

f=Pf0+(1-P)f1

ここでこの集団の次の世代のf'を考察すると、

f'=(1-u)2[P{Q((1+f0)/2)+(1-Q)f0}+(1-P)f1]

平衡状態では f=f'、また親世代の式から f-Pf0=(1-P)f1であるから

f=(PQ/2)[{(1-u)2(1-f0)}/{1-(1-u)2}]

ここでPQは結合する2つの配偶しが同一祖先から由来する確率であるから、定義により1/(PQ)は(近親交配についての)集団の有効な大きさNe(f)に等しい。すなわち

f={(1-u)2(1-f0)}/[2Ne(f){1-(1-u)2}]

ここでは集団全体での平均について述べているので、得られた式は全集団が世代にわたってその構造が一定で、他の集団とは関りをもたない限りで成立する。この式は構造のある集団での遺伝的変異を考察するのに役に立つ(Kimura and Ohta 1971)。

 

13.4 有限集団でのヘテロ接合性の減少と循環性「飛び石」模型

Wright(1931)は雌雄の数が等しい大きさNの集団では任意交配で世代あたりのヘテロ接合性がほぼ1/(2N)の割合で減少することを示した。一方、同じ個体数で近親交配を最大限忌避する交配system maximum avoidance of inbreeding(M)ではその減少率はおよそ1/(4N) (Wright 1951)、つまり究極にはその減少率はほぼ半減する。この半減する理由は血縁関係が低い個体間で交配が行われるというのは主な理由ではなく、近親交配を最大限忌避する交配系では各カップルがすべて同じ数の子ども残す(カップルあたりの子どもの数の分散が0)という事実による。このことから、世代あたりN個体で繁殖を続けるに際してヘテロ接合性の減少率の最小値は1/(4N)であると推論するのは自然のことであろう。常識ではより血縁の濃い個体間での交配が行われればそれだけ速くヘテロ接合性は減少すると考えるであろう。そこでヘテロ接合性をできるだけ維持する交配系として循環性交配circular matingが考えられる。

circular mating(C)は雌雄同数の集団からなり、各個体は雌雄交互に並べて隣の個体と交配するようにする。最後の個体は最初の個体と交配する。半きょうだい交配を循環させる交配系ともいえよう。近親交配を最大限忌避する交配は隣接する雌雄についてまたいとこ婚を循環的に毎世代ずらしながら行う交配系である。たとえばN=16では、t世代のヘテロ接合性をHtとしてHt/H0を求めてみると次のようになる。

t 0 1 2 3 4 5 10 15 20 25 30
Ht/H0(M) 1.000 1.000 1.000 1.000 1.000 0.969 0.891 0.817 0.750 0.688 0.632
Ht/H0(C) 1.000 1.000 0.875 0.813 0.758 0.715 0.577 0.499 0.446 0.407 0.377
t 40 50 70 100 150 200 300 400 500 1-λ
Ht/H0(M) 0.532 0.448 0.318 0.190 0.080 0.034 0.006 0.001   0.0170
Ht/H0(C) 0.333 0.300 0.252 0.199 0.136 0.092 0.043 0.020 0.009 0.0076

100世代以上経過するとC交配とM交配を比べると前者でヘテロ接合性がより多いことがわかる。そのような状態でのC交配でのヘテロ接合性の減少率は

λ 〜1-{π2/(2N+4)2}
=1-{3.14/(2・16+4)}=1-0.0076=0.9924

となり、これは任意交配でのλ=1/(2N)=0.0312=1-0.9687と比べることができる。

交配系をスタートした最初の世代では(C)交配ではヘテロ接合が急速に減少するが、十分世代が経過するとヘテロ接合性の減少率は(M)交配にくらべて小さくなる。この一見逆説的な結果を端緒にして、機会的浮動の効果とヘテロ接合性の減少の関りが交配系で明らかにされた。機会的浮動の効果は1-f0に比例するが、交配系による効果は1-fに依存する。したがってf0>f、すなわち配偶者間の近交親係数が集団平均のそれよりも大きい交配系では、十分世代が経過するとホモ接合性への近づきかたが遅くなる(Robertson 1964; Wright 1965)。

 

13.5 選択による遺伝子頻度の勾配cline(木村 1960)

対立遺伝子が互いに中立で選択が働かなくても、距離による隔離があれば遺伝子頻度に機会的な地域分化が起こることはこれまでにも述べてきた。もし自然選択が作用して、その強さや方向が地域によって違ってくればそれ相応に遺伝子頻度の地理的分化が予測される。たとえば帯状に長く連続した地域に棲息する生物で、ある地点を境にして一方の側ではG1対立遺伝子が自然選択に対して有利であるのに、他の側では対立遺伝子G2が有利であるような場合には遺伝子頻度の勾配clineが生じる。遺伝子頻度の漸進的な移行が勾配である。

日本列島の青森から鹿児島までABO遺伝子の頻度に勾配があることが知られている。献血者4百60万人余のデータ、O型:29.2%,A型:38.6%,B型:22.1%,AB型:9.9%(第7回講座参照)から求めた遺伝子頻度と、青森から各県庁所在地までの鉄道距離(d:1000km)とから、次のような直線回帰が得られた。

A遺伝子: p-0.3838 = 0.02498(d-1.106)
B遺伝子: q-0.1759 =-0.00610(d-1.321)
O遺伝子: r-0.5407 =-0.01886(d-1.055)

いずれの回帰も統計的に有意であるが、直線回帰で近似しているので生物学的な根拠は明らかではない。AとB遺伝子の回帰係数の和がO遺伝子のそれと符号が違うが、絶対値が同じであることに注意したい。これらの回帰直線の左辺の数値は日本全体の平均遺伝子頻度であるから、それらに相当する地域はA遺伝子については愛知、三重の両県、B遺伝子については滋賀、京都、大阪、O遺伝子については長野に相当する。

この問題に関する模型として、線状に連続した集団を考え、個体は-∞から+∞までに一様な密度で分布しているものとする。対立遺伝子G1,G2のt世代での地点qでの頻度をそれぞれx(q,t)、1-x(q,t)とする。さらにxの変化は移住と選択によってきまるとする。地点q0で生まれた第t世代の個体の片親が地点q1でで生まれた確率密度をg(q0,q1)とし、その平均と分散を

∫(q1-q0)g(q0,q1)dq1=0
∫(q1-q0)2g(q0,q1)dq12

とする。

移住のみを考えると、地点q0における第t世代のG1の頻度は次のようになる。

∫g(q0,q1)x(q1,t-1)dq1

ここでx(q1,t-1)のq0の近傍での値をテイラー展開をすると

x(q1,t-1) =x(q0,t-1)+(q1-q0){∂x(q0,t-1)/∂q0}
+{(q1-q0)2/2}{∂2x(q0,t-1)/∂q02}+...

(q1-q0)3などの項を省略することで

∫g(q0,q1)x(q1,t-1)dq1=x(q0,t-1)+(σ2/2)∂2x/∂q02

次に選択だけを考えると、これによる変化は地点q0における選択強度をマルサス径数で測ったs(q0)とすると

(1) s(q0)x(1-x) 優劣関係なし
(2) s(q0)x(1-x)2 G1がG2に対して完全優性
(3) s(q0)x(1-x){h+(1-2h)x} 優性の度合(h)が棲息域全域で一様とする

優劣関係のない(1)の場合で、s(q0)=-sq0とすれば

x(q0、t) =x(q0,t-1)+(σ2/2)∂2x/∂q02 -sq0x(1-x)

ここで 

x(q0、t)-x(q0,t-1)≒∂x(q0,t)/∂t

と近似すれば

∂x(q0,t)/∂t=(σ2/2)∂2x/∂q02 -sq0x(1-x)

が得られる。

選択と移住が平衡に達した状態では ∂x(q0,t)/∂t=0 であるから、上の式は

2x(q)/∂q2 =(2s/σ2)qx(q){1-x(q)}

あるいは (2s/σ2)1/3q=Q と変数変換すれば

2x/∂Q2 =Qx(1-x)

と表わすことができる。これを

x(-∞)=1, x(+∞)=0

という境界条件で解けば勾配を示す曲線が得られる。ただし、x(0)=1/2は問題の対称性からあきらかであるから、0≦x<∞の範囲で解けばよい。なお負のxについてはx(-Q)=1-x(Q)なる関係を用いて計算する。

フィシャーはこの問題を、

x=(4)1/3λ=(1.5874011..)λ

とおいて得られる

2u/∂λ2 =4λu(1-u)

の数値解を表にまとめて発表している(Fisher 1950)。彼の得た解をここで用いるには距離を1.5874倍すればよい。

(2)G1がG2に対して完全優性な場合の方程式は

∂x(q0,t)/∂t=(σ2/2)∂2x/∂q02 -s(q0)x(1-x)2

となり、平衡状態では

2x/∂Q2 =Qx(1-x)2

となる。変数変換や境界条件は(1)の場合と同じである。この数値解についてはQ=-11.4から3.6まで0.1間隔でxの値が少数点以下5桁まで計算されている(木村 1960)。特に原点での値

x(0)=0.401152、x"(0)=-0.252046

は少数点以下6桁まで求めている。また各地点における優性表現型の頻度Pは任意交配のもとでP=x2+2x(1-x)=2x-x2である。

駒井ら(1956)はナミテントウの斑紋の型の観察で、紅型succineaの頻度が北海道から九州に向かい連続的に減少している、すなわち勾配を観察した。各種の斑型は複対立遺伝子により支配されており、紅型遺伝子は他の対立遺伝子に対して完全劣性である。各都市における遺伝子頻度を木村(1960)の表9-1によりcline unitに変換した値を縦軸にとり、横軸に東京を基準とする各都市の地理的位置を(鉄道)距離kmであらわすと各点はほぼ一直線上に並ぶ。調査による偏りはないとして分析する。

紅型は劣性であるから、この頻度の平方根を1-rとおき、観測値rからxの値を内挿した。直線の勾配は1,000kmあたり1.5cline unitとなった。すなわち

{(2s/σ2)}1/3=1.5x10-3

が得られる。ここでsは1kmあたりの紅型の適応度の変化で、σはkm単位で測った移住距離の標準偏差である。この結果から

s〜1.7x10-9σ2

が得られるから、σがわかればsを推定することができる。かりにσが1km程度であれば、本州の両端における紅型の適応度の相違は2.7x10-6で、これは突然変異率の程度に過ぎない。あるいはσはもっと大きいかもしれない。さらに勾配は未だに平衡状態でなく、強力な選択が作用している途上であるのかも知れない。過去における大移動の結果、頻度差が減少しつつある過程なのかもしれない。遺伝的浮動の効果も含めて分析する必要もあろう。

この節の最初に挙げたABO血液型遺伝子の勾配についても同様な解析を行うことができる。この場合は対立遺伝子が3個あるが、O遺伝子がA、Bいずれの遺伝子に対しても劣性であることから、A、B両遺伝子をまとめてOあるいはA+B遺伝子の勾配を青森から鹿児島までについて調べてみよう。このほぼ2000kmの距離の間でp+q=1-rの値は0.4から0.5とあまり変化がみられないが、木村(1960)の表9-1により、cline unitに変換した値はx=0.39676-0.2371(1-r)で求められる。県庁所在地間の鉄道距離はFujita(1978)の図5から2桁読み取った。cline unitの距離への回帰係数は

0.29/1,000(km)=2.9x10-4 {=(2s/σ2)1/3}

となるから、青森と鹿児島の選択係数の差は

s〜7.5x10-12σ2

程度である。これは移動の標準偏差σが10kmとしてもs~7.5x10-10、100km(ほぼ東京、熱海間の鉄道距離)でもs~7.5x10-8、日本列島全域の距離2000kmとするとs~1.5x10-5で、ほとんど0に近いか突然変異率のオーダーの値である。勾配があるとはいえ、両端の遺伝子頻度の差が10%未満ではこのような結果となるのは当然なのかも知れない。あるいは観察された勾配が平衡状態に到達していると考えるのは無理なのであろうか。観察データをみるとA遺伝子の勾配が、スロープは逆だが、最も顕著である。しかし、B遺伝子に対して共優性、O遺伝子に対しては優性を示すので、分析のための適切なモデルが未開発の状況であるので分析が行えない。しかし、得られたsの値がナミテントウの例と共にかなり小さな値となることは、このアプローチの限界を示唆しているのではなかろうか。

(3)優性の度合(h)が棲息域全域で一様だが部分優性の場合の方程式は

∂x(q0,t)/∂t=(σ2/2)∂2x/∂q02-s(q0)x(1-x){h+(1-2h)x}

で、平衡状態では

2x/∂Q2 =Qx(1-x){h+(1-2h)x}

変数変換や境界条件は(1)の場合と同じである。

なお、Haldane(1948)はこれとは独立に選択と移動による遺伝子頻度の勾配のモデルを考案している。関心のある方は原著を参照されたい。

 

13.5.1 有利な突然変異遺伝子の地理的伝播

以上は平衡状態にあるいわば安定な勾配であるが、過渡的なものとして興味深いのは、いままでになかった有利な突然変異遺伝子が分布地域の一端に出現して、これが他の地域に広がってゆく途中に生じる勾配であろう。

ここで突然変異遺伝子をGとし、これが既存の対立遺伝子gに対して一定の有利さs(s>0)をもち(すなわち、ヘテロ接合の適応度が1+sで優劣関係はない)、sの値は分布の全域で一定であるとすると、G突然変異遺伝子が広がる過程は

∂x(q0,t)/∂t=(σ2/2)∂2x/∂q02 +sx(1-x)

で与えられる。フィシャー(Fisher 1937)はG突然変異遺伝子の頻度が一定の波形で前進していくものと仮定して解を求めている。直線上の1点に現われた単位線分あたりの個体群数に対して、ごく初期の状態では右辺の第二項はsxで近似できるから

x(q0,t)=[1/{2√(πσ2t)}]exp{st-q02/(4σ2t)}

で表わされる。

x(q0,t)が与えられたとき、次の世代に突然変異遺伝子が伝播する速さは漸近的に

σ√(2s)

である(Fisher 1937; Kendall 1948; Skellam 1951,1973; Montreoll 1986;重定 1992; Montroll 1968)。

進行波の波長は√(s/2)単位で計ることになるから、フィシャー(Fisher 1937)の表4から、たとえば、1単位の距離は遺伝子頻度pが50%の位置と37%(あるいは61%)の位置の距離の位置までになる。p=0.25から0.75までではおよそ4.5単位の長さであるから、σ=10km、s=0.02とすればこの間の距離は250kmとなる。世代あたりの波の進行はσ√(2s)=2kmであるから、ほぼ250世代、すなわち、波が500km移動するのに約6000年に相当する。ヨーロッパでの毛髪や皮色の進化で、このようなシナリオは考え難いことではない(Cavalli-Sforza and Bodmer 1971)。実際には二次元棲息モデルでの解析が必要とであるが、発生源から距離の十分離れた処では一次元棲息モデルでほぼ近似できることがわかっているから、それほど的外れのことはなかろう。

もしGがgに対して完全優性であれば

∂x(q0,t)/∂t=(σ2/2)∂2x/∂q02 +sx(1-x)2

が成り立つ。

集団が面状に連続分布をしていれば対立遺伝子Gの広がる過程は直角座標を用いて

∂x(q0,t)/∂t=(σ2/2)∇2x/∂q02 +sx(1-x)2

ここに∇2は直角座標系のラプラシアン演算子である。有利な優性突然変異遺伝子がある点(0,0)に出現して、同心円状に広がってゆく過程を調べるには、極座標(r,θ)による表現の方が便利であろう。上式を極座標であらわし、

∂x/∂θ=0 (等方向性移動)

を仮定すれば

∂x/dτ=∂2x/dr2+(1/r)∂x/dr+kx(1-x)2

が得られる。ここでτ=(σ2/2)t、k=2s/σ2 を表わす。出現後しばらくは突然変異遺伝子の頻度は低いから上式右辺の第三項はほぼkxで表わせるから、この段階での解は近似的に

x(r,τ)=x(0,0)exp{kτ-r2/(4τ)}r/(2τ)

で与えられる。

また右辺第二項の(1/r)∂x/drは距離(同心円の半径)rが大きくなると0に近づいていく。このことは同心円状に広がっている分布動径方向に沿っての分布のパターンはrが大きいところでは1次元上の拡散式の解で近似できる(重定,1992)。このことは対立遺伝子の優性の度合に関係なく成り立つ。

1万年前に中近東で発生した農耕技術がヨーロッパに伝播していくパターンがフィシャーのモデルで分析されている(Ammerman and Cavalli-Sforza 1984;青木 1998)。

 

13.5.2 勾配の飛び石状模型

これまでに述べた勾配の連続模型は飛び石模型からも導くことができる。ここでは一次元モデルを説明しよう。第i番目の分集団における対立遺伝子Gの頻度をxiとし、個体の交換は毎世代相隣る分集団の間でのみ行われるものとする。各分集団が相隣るいずれか一方の分集団とおこなう交換率をmとすれば、これによる1世代あたりのxiの変化率は

m(xi-1-xi)+m(xi+1-xi)=m(xi-1-2xi+xi+1)

である。さらに自然選択による変化は優劣関係がなければ sixi(1-xi) であるから、対立遺伝子Gの世代あたりの変化率Δxiはこの両者を加えて

Δxi=m(xi-1-2xi+xi+1)-sixi(1-xi)

なる定差方程式が得られる。m,sが小さく、世代あたりのxの変化がわずかであれば、Δxiは∂x/∂tで近似できる。また相隣る分集団の間の遺伝子頻度の変化がわずかであればiを連続変数とみなしこれをqとおけば

xi+1-2xi+xi-1=(xi+1-xi)-(xi-xi-1)

は∂2x/∂q2で代用することができる。さらに移住距離の分散σ2

σ2=m(-1)2+m(+1)2=2m

だから、m=σ2/2。以上から

∂x/∂t=(σ2/2)∂2x/∂q2-sx(1-x)

が得られる。これは13.5で示した式である。

 

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