第25回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}


 

9.5 分離による荷重segregation load

超優性対立遺伝子をG、gとしよう。3対立遺伝子型GG、Gg、ggの選択値を1-s,1,1-tとすれば、平衡状態におけるG、gの頻度は

pe=t/(s+t),   qe=s/(s+t)

となる。ここでs,tともに1を越えない正数とする。任意交配を仮定すると、集団の適応度は

w =(1-s)p2+(1)2pq+(1-t)q2
={1-st/(s+t)}-(s+t)(p-pe)2

平衡点p=peで集団の適応度は最大値we

w=we=1-st/(s+t)

をとり、st/(s+t)が1よりかなり小さければ近似的に

we=exp{-st/(s+t)}

と表わすことができる。したがって超優性遺伝子座がいくつかあれば、それぞれの座位の寄与の積が集団の適応度となる。すなわち

we=exp{-Σst/(s+t)}

実際の集団が存続するにはその適応度はほぼ1に等しいと考えられるから、母親あたりの平均女子出産数Rは次の条件を満たさなければならない。

Rexp{-Σst/(s+t)}≧1

ここで外因による死亡がなく、発育途上で死亡するものはすべて遺伝的原因によると考えるなら、等号が成立する。すなわち、遺伝的原因による相対死亡率は

(R-1)/R =1-exp{-Σst/(s+t)}
〜Σst/(s+t)

と表わすことができる。ここでの遺伝的原因は分離によって生じるホモ個体がヘテロ個体と比べて選択値が低いために起きるものである。この相対死亡率を分離による荷重Lsという。

分離による荷重には次のような奇妙な性質がある。第一は

Lse=st/(s+t)=spe2+tqe2

と表わせることから、対立遺伝子のうち選択係数の小さい方がより大きな効果を荷重にあらわす。たとえばs=0.01,t=1(不妊か致死)なら、spe2=0.01,tqe2=0.0001。すなわち,より効果的な対立遺伝子が分離による荷重のわずか1%しか寄与していない。第二は

Lse=st/(s+t)=spe=tqe

とも表わせるから、分離による荷重は1個の対立遺伝子についての情報から求めることができる(Morton 1960)。これは複対立遺伝子座についてもいえる (Wright 1949)。

分離による荷重と突然変異による荷重との実際的な識別はきわめて難しい。しかしその遺伝的性質は根本的に異なっている。すでに述べたように平衡状態での突然変異による荷重の特徴は突然変異率に依存し、遺伝子の有害さの程度に依らない。一般に生物の突然変異率はきわめて低く、かりに多数の遺伝子座が関っているとしても、その値はさして大きくなく、突然変異による荷重を補うための出産力Rもそれほど大きくなくてもよい。

一方、分離による荷重は直接選択係数に依存し、おのおのの遺伝子座については実際上識別が困難なほどわずかな超優性があっても、関りのある座が多くなれば、かなり大きな値となることがある。たとえば、各遺伝子座に2つの超優性対立遺伝子があり、ヘテロが2%だけ選択値が高いとして、500の遺伝子座が関与していればΣst/(s+t)=500x{(0.02x0.02)/(0.02+0.02)}=5から

Lse=1-e-5=0.9933

したがってこの荷重を補うに必要な出産力は

R=e5=148.4

となる。すなわち、1個体あたり1個体の子どもを次の世代に残すために、その150倍近くの子どもを産まなければならぬことになる。外的な原因で発育の途上で死亡するものを加えると、さらに多くの子どもを産む必要があることになる。種はその出産力に応じて、超優性遺伝子座の数に大きな制限があると考えられよう。

多くの多型が分離による荷重なしで持続されているという根拠をあげてみよう。

1)選択係数が非常に小さい。その大きさが集団の有効な大きさの逆数より小さい(すなわち、Ns<1)なら、対立遺伝子の頻度は多くの場合遺伝的浮動と突然変異で決まる。当然ながら中立な突然変異遺伝子は遺伝的荷重を伴わない。突然変異遺伝子の大部分が中立あるいはほぼ中立な突然変異遺伝子である事実が次第に知られるようになった(Kimura 1968;King & Juke 1969)。

2)頻度依存型の選択。一部の多型は頻度依存型の選択で持続されているかも知れない。頻度が低いときには有利であるが、高くなると不利になる対立遺伝子はその頻度が適切な値になると安定平衡になる。選択差は平衡点あるいはその近くで最少となるから、平衡集団はごくわずかの荷重を伴うに過ぎない。しかし、実際の集団では機会的な変動による平衡点からずれが生じ、その後選択により平衡点に戻る作用が繰り返されるから、荷重は0ではない。

3)連鎖の作用。いくつかの超優性遺伝子が連鎖により一群となって行動することがあろう。その結果分離による荷重が少なくなることが考えられる。一つの極端な例だが、2対立遺伝子で両ホモ接合が致死の超優性遺伝子座の一群を取り上げてみよう。このモデルでは各座位の分離による荷重は1/2であるから、n座位の荷重は1-(1/2)nとなる。もしこれらの遺伝子座が2つの染色体に連鎖しており、各座位が相互に相補的であるとしたなら、各座位の荷重は1/2より小さくなろう。

4)切れた選択truncated-selection。しきい値thresholdあるいは切れた選択trancated-selectionモデルによれば分離の荷重はかなり軽減することが示される(Sved,Reed & Bodmer(1967), King(1967),Milkman(1976))。このモデルは集団の個体あたりでヘテロ接合の座位がある数以上になると、それ以上ヘテロ接合座位が増えても平均適応度はほとんど変化しないとするものである。極端な場合、ヘテロ接合の座位数がxを越えると適応度は1であるが、それよりも小さい数であると適応度は0となる。また、集団の一部100p%を選抜して残りは切り捨てる状況からも、同じ結果が得られる。選抜されるのはヘテロ接合座位が最も多い個体である。

自然選択の作用がヘテロ接合の遺伝子座数を数えている、すなわち、そのような座位数で集団を2つに分けているとは考え難い。しかし動物育種家は表現型で切れた選択を行っているから、このような自然選択があってかなりの多型がこれで説明されるのではないか、という議論がある。実験あるいは観察によるデータがこの解決には必要である。このモデルが現実的であるかどうかを判断するのに必要な遺伝子の作用は現在のところ十分には知られていない。

しきい値モデルで連鎖を考えると解析的なアプローチは難しくなる。コンピュータによるシミレーション(模擬実験)はかなりの多型の存在する場合があることを示している。Wills,Crenshaw, Vitale(1970)は10%の切れた選択モデルで連鎖のある場合を検討した。ここで選択で除かれるのはヘテロ接合座位の数が最も少ない個体とした。密な連鎖があると特定の染色体が集団中に存続するようになり、ほどほどの選択はかなりの多型を存続することが示された。しかしシミレーションで用いられた様々な仮定が現実に沿っているいるかどうかは確かでない。

これまでに述べた4種類のどの機構で自然集団で観察される多型がよりよく説明できるか、あるいはさらにこれらの他の機構が考えられるのか、これらは集団遺伝学を学ぶ者にとって興味のある問題である。研究室での計画実験、自然集団の野外調査、電子計算機によるシミュレーションなどを統合した研究がその真の理解を得る上で欠かせないであろう。

ヒトの流死産あるいは乳幼児死亡率の近親婚データを分離による荷重で説明しようとすると(9.3節を参照:第24回講座)、

A=x+Σ(sp2+tq2),   B=Σ{sp+qt-(sp2+tq2)}

と表わすことが出来る。Aは任意交配集団での荷重L0、A+Bは近交係数αが1、すなはち理論上の完全近交集団での荷重Lであるから、

(L1-L0)/L0=B/A

を用いて、流死産率あるいは乳幼児死亡率が突然変異による荷重によるのか、あるいは分離の荷重によるのかを判断する試みがなされた。B/Aの値が十分大きければ突然変異による荷重で、小さければ分離による荷重とみなせるのではないか、という考え方が提案された。もしこの考えが有効であれば、集団の多型の保有機構が突然変異と選択の釣合いなのか、選択の超優性によるのか、あるいはどちらの機構が優勢なのか、なんらかの判断ができるわけである。

この考えがわかり易いこともあって、かって多くの近親婚調査が行われた。それらによるとB/Aの値は、日本で1〜11、アメリカ白人で8〜11、フランス人で16〜18という結果が得られた。衛生状態が悪いとAの値が大きく、したがってB/Aが小さくなる傾向も示唆された。

精力的な調査研究が1960年代に盛んに行われたが、集団での致死遺伝子の保有機構の判別としてB/Aを用いるこの方法では難しいであることがわかった。主な知見を挙げると、

(1)Crow(1963)によると、超優性を示す複対立遺伝子座では平衡状態でB/Aの値が複対立遺伝子の数に等しくなる。遺伝子DNAの塩基数が1000を越える数であるから、対立遺伝子は膨大な数になり得る。

(2)多型を示す集団が平衡状態にあるのだろうか。たとえばヒト集団では、隔離の崩壊、近親婚の忌避、国際結婚の増加、衛生状態の改善、医療技術の発展などで、実測される劣性遺伝病の発生率が突然変異と選択との釣合いから予測されるより低いのではないかといわれた。Levene(1963)は遺伝子頻度が任意であるときの突然変異による荷重および分離による荷重を計算して、B/A値を検討した。その結果は両者の荷重を必ずしも判別することができないことがわかった。

(3)たとえば個体の生存力や妊性の適応度への寄与の方向が異なるため、みかけ上の超優性が観察されることがある。遺伝子型GG,Gg,ggの生存力が1,1,1-k、妊性が1-l,1,1であると、全体の適応度はたとえば1-l,1,1-kとして観察される。B/Aだけをを調べているかぎり、このようなことは分からない。

  個体の適応度に関しての違う遺伝子座間の相互作用、あるいは遺伝子型と環境要因との相互作用のB/A値への影響もわからないことが多い。

 

9.6.不適合による荷重incompatibility load

不適合による荷重が生じる原因としてよく知られているのが、抗原の母子不適合である。たとえば母親の血液型がO型で胎児がA型なら、母親の凝集素により子どもは胎児期あるいは新生児期に死亡する危険が多少なりともあるかもしれない。

各人は本人にない抗原に対してのみ抗体を作るから、また抗原の大部分は優性遺伝であるから、不適合による死亡率の増加はヘテロ接合で観察される。

不適合の起こる様式のモデルとして、母親の遺伝子型と父親から子どもに遺伝する対立遺伝子の組合わせを考えることにしよう。任意交配を仮定するとそれぞれの組合わせが次の割合で生じる。ただしp,q,r(p+q+r=1)はそれぞれA,B,O対立遺伝子の頻度である。

母親の
遺伝子型
頻度(1) 精子の
遺伝子型
頻度(2) (1)x(2) 死亡の
確率
OO r2 A p pr2 dA
OO r2 B q qr2 dB
AA p2 B q p2q dB
AO 2pr B q 2pqr dB
BB q2 A p pq2 dA
BO 2qr A p 2pqr dA

この遺伝子座での不適合による荷重は

L =dA(pr2+pq2+2pqr)+dB(qr2+p2q+2pqr)
=dAp(1-p)2+dBq(1-q)2

となる。

Rh血液型のD抗原のように1つだけが問題となる場合は荷重は右辺の第一項だけで表わされる。またHLA座位のように抗原型を決める対立遺伝子が複数個ある場合には異なる抗原の数に相当する項の和になる。

L=Σdipi(1-pi)2

と表わされる。ここにpiはAi抗原の頻度で、diはAi抗原の不適合による死亡率である。ただし、null対立遺伝子による死亡率dOは0とする。実際には未知の抗原が関ることがあり、必ずしも0でないことがあるので注意を要する。

以上のモデルでは母親にAi抗原がなく、その遺伝子型と子どものAi抗原の有無でdiの値が決まるとした。しかし子どもにはもう一種類の対立遺伝子があるから、子どもの遺伝子型によって死亡率が違うことがあるかも知れない。もちろんここで示したモデルは妥当な先験的な仮定に過ぎないから、必ずしも当てはまらないことがある。そのような場合には、母子の組合わせごとにdiを考えることになる。

これまでは任意交配が行われているとして不適合による荷重を求めたが、次には母親あるいは子どもの近交係数fが0でないと、不適合による荷重はどうなるであろうかを調べてみよう。

 

9.6.1.母の両親が近親婚の場合の不適合の荷重

対立遺伝子Aの抗原による荷重は母親の近交係数をfmとすると、

dipi[(1-fm)(Σp)2+fmΣp   (j≠i)
= dipi[(1-fm)(1-pi)2+fm(1-pi)]
= dipi(1-pi)(1-pi+pifm)

その他の対立遺伝子についても同様な考察ができるから、それらすべてについて加えると、この座位の不適合による荷重Dは次のように表わされる。

D =Σdipi(1-pi)(1-pi+pifm)
=L+(Σdipi2)fm

不適合による荷重は母親の近交係数に比例して増加する。

 

9.6.2.子どもの両親が近親婚であるときの不適合の荷重

最初に母親と子どもに不適合が起こらない確率Eを求めよう。両親は近親婚であるから、母親の二つの相同遺伝子a,bのいづれかと父親の一つの遺伝子cとは同祖的identical by descentである。この場合、不適合は生じない。したがって

E=prob(a≡c)+prob(b≡c)-prob(a≡b≡c)

ここに≡は同祖的であることを表わしている。prob(a≡c)、prob(b≡c)は両親の親縁係数、すなわち子どもの近交系数fcであるから、

E=2fc-prob(a≡b≡c)

通常の場合、prob(a≡b≡c)は0であるが、三つの遺伝子が共通祖先の一つの遺伝子から由来する場合は個々の系図ごとに求めるしかない。ほとんどのヒトの家系図では、もちろんこの確率は0である。

不適合による荷重は以上から

D(1-E)≒D(1-2fc)

となる。以上の考察から、不適合による荷重は母親の近交係数に比例して増えるが、子どもの近交係数に比例して減少することがわかる。詳細はCrow and Morton(1960)を参照されたい。

 

9.7. 分離の歪みによる荷重

8.11節でのべた減数分裂による分離の歪みmeiotic driveにより、遺伝的荷重が生じる。ここでは異常遺伝子gのホモ接合が致死で、正常遺伝子Gとのヘテロ接合の適応度がhだけ下がる場合について考察しよう。また分離の歪みは雄ではG:g=k:1-k、ヘテロの雌では通常のメンデル比1:1であるとする。分離の歪みは通常一方の性にだけみられるから、この仮定は妥当であろう。

遺伝子型と適応度は次のように表わすことができる。

遺伝子型 適応度 頻度
GG 1 pfpm
Gg 1-h pfqm+pmqf
gg 0 qfqm

ここでpf、pmは雄、雌における対立遺伝子Gの頻度でpf=1-qf、qm=1-pmである。分離の歪みがあると、性別で配偶子の頻度が違ってくるから、単純にハーディ・ワインベルグの法則で接合体頻度を求めるわけにはいかない。

次の世代の対立遺伝子gの頻度は

{ qm' ={k(1-h)(pmqf+pfqm)}/{1-h(pmqf+pfqm)-qmqf}
qf' =qm'/(2k)

平衡状態では遺伝子頻度は変化しないから、qm'=qm=qme、qf'=qf=qfeとすると、qmeについて次の2次式が得られる。

(qme)2(1-2h)+(qme){h(1+4k)-2k}+k{2k-1-h(1+2k)}=0

これは書き直して

A(qme)2+B(qme)+C=0

ここに

A=1-2h

B=h(1+4k)-2k

C=k{2k-1-h(1+2k)}

対立遺伝子gの平衡頻度は

qme=[-B-√{B2-4AC}]/2A

分離の歪みによる荷重Le

Le =h(pmeqfe+pfeqme)+qmeqfe
={hqme(1+2k-2qme)+(qme)2}/(2k)

いくつかのk、hの大きさでの分離の歪みによる荷重を求めたのが次の表である(Crow 1970))。

k\h 0.00 0.01 0.02 0.05 0.10 0.20 0.30 0.50
0.5 0 0 0 0 0 0 0 0
0.6 0.010 0.010 0.010 0.007 0 0 0 0
0.7 0.042 0.042 0.041 0.039 0.029 0 0 0
0.8 0.100 0.100 0.100 0.097 0.087 0.033 0 0
0.9 0.200 0.200 0.200 0.197 0.187 0.129 0 0
0.95 0.282 0.282 0.282 0.279 0.267 0.205 0.031 0
0.98 0.360 0.360 0.359 0.356 0.342 0.270 0.083 0
0.99 0.401 0.400 0.400 0.396 0.379 0.298 0.103 0
1.00 0.500 0.495 0.490 0.472 0.438 0.333 0.125 0

この表から、致死遺伝子が部分優性(0<h<0.5)であると完全劣性(h=0)と比べて、分離の歪みによる荷重が減少するという興味深い性質がみられる。これはkとhとの関係が分離の歪みによる多型を理解する上で重要なことを示唆する。

完全劣性h=0の場合は

qme=k-√{k(1-k)}

Le=(qme)2/(2k)=(1/2)-√{k(1-k)}

(参照、8.11, qme=qe*, Bruck(1957))。

 

文 献

[Previous] [Index] [Next]