集団遺伝学 第11回

表現型への近親婚の効果


5.4 表現型への近親婚の効果

いとこなど血縁のある男女が結婚すると異常児が産まれるかもという不安がある。 アルカプトン尿症などの先天性代謝異常症のように単一の常染色体劣性遺伝子でその出現頻度を考察してみよう。

ホモゲンチヂン酸デオキシナーゼ(HGO)の活性がない劣性突然変異遺伝子の頻度はほぼ q=1/500 である。 任意交配集団でのアルカプトン尿症の発生率は q**2 = {1/500}**2 = 4x10-6 と予測される。 いとこ婚の夫婦から産まれる子どもの近交係数は f = 1/16 = 0.0625 であるから、そのうちアルカプトン尿症児の発生率はオート接合によるのが fq = 0.000125 = 125x10-6、アロ接合によるのが (1-f)q**2 = 3.75x10-6で、合計128.75x10-6と予測される。 これは他人婚の子どもでの予測発生率と比べて約32倍も高い。

一般に近親婚の子どもでの劣性形質の出現頻度は q2(1-f)+qf であるから、他人婚の子どもでの出現頻度q2と比べると

{q**2(1-f)+qf}/q**2 = 1+{(1-q)/q}f

劣性対立遺伝子頻度qがまれなほど、この比が大きくなることがわかる。 たとえば

劣性形質の頻度
遺伝子頻度f=0f=1/16
0.10.010.0161.6
0.010.00010.000727.2
0.0050.0000250.00033613.4
0.0020.0000040.00012932.0
0.0010.0000010.00006363.0

この考え方を逆にみてみよう。 すなわち劣性形質の個体のどれだけが近親婚から産まれるのだろうか。 この割合Kは近親婚で産まれた劣性個体と集団での合計の劣性個体数の比から求めることができる。 大きさNの集団で近親婚率をcとすると、近親婚から産まれた劣性個体の割合は Nc{q**2(1-f)+qf} である。 ここにfは両親の親縁係数、qは劣性遺伝子頻度である。 集団全体の劣性個体の頻度は N{q**2(1-F)+qF} である。 Fは集団の平均近交係数 (F=c0f0+c1f1+c2f2+...,ciは他人婚、いとこ婚などの頻度、fiはそれぞれの親縁係数) である。

以上から

K=Nc{q**2(1-f)+qf}/N{q**2(1-F)+qF}
=c{q+(1-q)f}/{q-qF+F}

通常qFは非常に小さいから、

K = c{q+(1-q)f}/(q+F)

近親婚で多いのはいとこ婚なので、この場合を考察してみよう。 f=1/16であるから、

K=c(1+15q)/[16{q+F(1-q)}]
=c(1+15q)/{16(q+F)}

この公式でc,q,Fにいろいろの数値を入れて検討してみると、いとこ婚の頻度がちいさくてもqが0.01以下であるとかなりの異常形質が劣性遺伝子によることが示唆される。 つまり他人婚で通常まれな異常形質が近親婚で多くの子どもにみられたのなら、それは劣性遺伝子が原因である、劣性異常形質であるとする一つの力強い根拠となる。 形質がまれであるほど確証に近くなる(Garrod 1902)。


健康なヒトが保有する劣性遺伝子の数

劣性遺伝子の多くはヘテロの状態で健康なヒトに潜んでいる。 近親婚調査でこれら隠れた劣性遺伝子のおよその数を知ることができる。

JA Bookによるスェーデンでのいとこ婚から生まれた子どもについての調査によると、その16%が遺伝病で、遺伝病と考えられるものも含めると28%になるという。 他人婚ではこれらに相当する数値は4%、6%である。 いとこ婚の子どもは16-4=12%、28-6=22%も診断し得る遺伝障害の(絶対)リスクが増えている。 いとこ婚の子どもの近交係数fは1/16であるから、そのようなリスクのある配偶子の数は(0.12〜0.22)/(1/16)=1.9〜3.5となる。 1個体には2つの配偶子があるから、個体あたりの数はおよそ4〜7となる。 すなわち、典型的なヒトはホモとなったら診断し得る遺伝障害の原因となる有害劣性遺伝子を平均して半ダースほど隠しもっている、と言えよう。

ヘテロ接合の状態で、もしホモとなったら死亡する遺伝子の数(致死相当量lethal equivalent)の数も推定することができる。 フランスの田園地帯でも人口統計調査(Sutter & Tabah 1951)によると、当時いとこ婚の子どもが成人するまでに死亡した割合は25%、他人婚の子どもでこれに相当する割合は12%であった。 いとこ婚の子どものリスクが13%多いことがわかる。 したがって、前例と同じように計算して、16x2x0.13=4.16の致死相当量がヘテロ接合の状態で隠れているといえる。 ここで4個の完全致死遺伝子があるのか、8個の50%致死遺伝子があるのか、...、あるいはそれらのいろいろの組合せなのか、遺伝子の数とその致死効果についての平均値が求められているにしか過ぎないので相当量という用語を用いた。 もっと詳しい報告はMorton, Crow & Muller(1956)を参照されたい。

ヒトへの近親婚の影響はあまり再現性がない。 日本における近親婚調査の結果は都市ごとに異なっている。 近親婚の社会的要因もその影響を変えるであろう。 いとこ婚より遠縁の近親婚が常であるヒトのデータでは子どもの近交係数fは0.05以下であるから、回帰分析でf=1での影響を外挿するのは大きな誤差を伴う。 このような事柄から、前節で示した数値の信頼度はあまりない。

また、劣悪な生活環境では致死的でも、改善された環境では有害だが死に至ることはないかも知れない。 世界の各地で生活水準の向上がみられ、その結果死亡率が減少している。 すなわち、致死相当量の数が減っている。

ショウジョウバエでは正確で再現性のあるデータが得られている。 一匹のハエあたりの致死相当量は2である。 生存力の近交劣勢 inbreeding depression の2/3は単一致死遺伝子によるが、残りは個々には微小な効果を示す複数の遺伝子の総合効果の結果である。


5.5 2座位近交係数

近郊係数は複数の遺伝子座multiple lociについても考察することができる。 実務上最も興味があるのは2つあるいはそれ以上の劣性形質の関連 associationである。 これには二つの原因が考えられる。

  1. 2座位の対立遺伝子で種々のタイプの近親婚が観察される場合
  2. 2座位が連鎖しており、2座位の近交係数が与えられた場合

1)まず連鎖平衡にある独立の2座位を検討してみよう(Haldane 1949)。 対立遺伝子Ai、Bkの頻度をそれぞれpi、rkとする。 ホモ接合AiAi、BkBkの出現頻度はそれぞれ pi**2+pi(1-pi)f、rk**2+rk(1-rk)f で与えられる。

2座位は連鎖平衡にあると2重ホモAiAiBkBkの頻度は積で求められる。 すなわち

{pi**2+pi(1-pi)f}{rk**2+rk(1-rk)f}                
 =pi**2rk**2+{pi(1-pi)rk**2+rk(1-rk)pi**2}f+pi(1-pi)rk(1-rk)f**2

個体の近交係数fがそれぞれ異なる集団での2重ホモAiAiBkBkの頻度は、集団の平均近交係数をαとすると

{pi**2+pi(1-pi)α}{rk**2+rk(1-rk)α}=                 pi**2rk**2+{pi(1-pi)rk**2+rk(1-rk)pi**2}α+pi(1-pi)rk(1-rk)F2

ここにF2は個々のf**2の平均値である。 F2=α**2+Vfとfの平均と分散で表すことができるから、2重ホモAiAiBkBkの頻度は

{pi**2+pi(1-pi)α}{rk**2+rk(1-rk)α}+pi(1-pi)rk(1-rk)Vf  (a)

と表すことができる。


数値例。

ヒトの集団で、2つの劣性遺伝子の頻度がいずれも0.01で、いとこ婚の割合が1%で残りは他人婚であったとしよう。 この集団では

pi = rk = 0.01
α = 0x0.99+(1/16)x0.01 = 1/1600
Vf = 0.01(1/16)**2+0.99(0)**2-(1/166)**2 = 1/25600-(1/166)**2 = 3.87x10-9
{pi**2+pi(1-pi)α}{rk**2+rk(1-rk)α} = (0.00011)**2 = 11.28x10-9
pi(1-pi)rk(1-rk)Vf = 3.79x10-9

したがって集団の2ホモの頻度は15.07x10-9となるが、これはすべての個体の近交係数が同じ(Vf=0)集団での発生頻度とくらべて4/3=1.3倍になる。


2)2座位が連鎖しており、2座位の近交係数が与えられた場合

2座位いずれにも同祖遺伝子がある確率をFとする。 Fは家系図だけでなく、2座位間の組換価(recombination value)に依存する。

結合する配偶子で対立遺伝子が同祖的であることについて、次の4通りの場合が考えられる。

  1. 2座位いずれもが同祖遺伝子がある場合で、その確率はF、
  2. A座位だけに同祖遺伝子がある場合で、その確率はf-F、
  3. B座位だけに同祖遺伝子がある場合で、その確率はf-F、
  4. どちらの座位にも同祖遺伝子がない場合で、その確率は1-2f-F。

連鎖平衡の集団では配偶子ABの頻度はAとBの遺伝子頻度の積となるから、AABB遺伝子型の頻度は

pirkF+pirk**2(f-F)+pi**2rk(f-F)+pi**2rk**2(1-2f+F)
 =pirk{F(1-pi)(1-rk)+f(1-pi)rk+fpi(1-rk)+pirk}
 =pirk[{f**2(1-pi)(1-rk)+f(1-pi)rk+fpi(1-rk)+pirk}-(1-pi)(1-rk)f**2]
 ={pi**2+fpi(1-pi)}{rk**2+frk(1-rk)}+φpi(1-pi)rk(1-rk) (b)

ここでφ=F-f**2である。

このパラメータφは、2座位が独立である場合と較べて、同祖的であることによる関連の度合degree of associationを表す。

公式(a)と(b)はVfとφの違いはあるが、基本的に同じ形をしている。 両者の効果がほぼ相加的であると考えるなら、次の結果が得られる。

遺伝子型遺伝子型の頻度
AiAiBkBk{pi**2+pi(1-pi)α}{rk**2+rk(1-rk)α}+pi(1-pi)rk(1-rk)(φ+Vf)
AiAiBkBl{pi**2+pi(1-pi)α}{2(1-α)rkrl}-2pi(1-pi)rkrl(φ+Vf)
AiAjBkBK{2pipj(1-α)}{rk**2+rk(1-rk)α}-2pipjrk(1-rk)(φ+Vf)
AiAjBkBl{2pipj(1-α)}{2(1-α)rkrl}+4pi(1-pi)rk(1-rk)(φ+Vf)

各遺伝子座の対立遺伝子がAとa、Bとbの2つで、それぞれの対立遺伝子頻度をp,q=1-p、r,s=1-rとすると、連鎖平衡における2座位遺伝子型頻度はほぼ次のように表すことができる。

遺伝子型遺伝子型頻度
AABB(p**2+pqα)(r**2+rsα)+pqrsVf
AABb(p**2+pqα){2rs(1-α)}-2pqrsVf
AAbb(p**2+pqα)(s**2+rsα)+pqrsVf
AaBB{2pq(1-α)}(r**2+rsα)-2pqrsVf
AaBb{2pq(1-α)}{2rs(1-α)}+4pqrsVf
Aabb{2pq(1-α)}(s**2+rsα)-2pqrsVf
aaBB(q**2+pqα)(r**2+rsα)+pqrsVf
aaBb(q**2+pqα){2rs(1-α)}-2pqrsVf
aabb(q**2+pqα)(s**2+rsα)+pqrsVf

家系図からのFの計算(Haldane 1949).A、Bの座位間の乗換価をrとし、非乗換価をd=1-rとすると、次の結果が得られる。

自殖 (selfing) F = (c**2+d**2)/2
f = 1/2
φ = (c-d)2/4
親子 (parent-child) F = d(c**2+d**2)/4
f = 1/4
φ = (d-c)(3d**2+c**2)/16
きょうだい (full sibs) F = (2d**4+2c**2d**2+c**2)d/8
f = 1/4
φ = (4d**2+4c**2d**2+2c**2-1)/16
異母(父)きょうだい (half sibs) F = (c**2+d**2)d2/8
f = 1/8
φ = (8c**2d**2+8d**4-1)/64
おじ・めい (uncle-niece) F = (2d**4+2c**2d**2+c**2)d/16
f = 1/8
φ = (8d**5+8c**2d**3+4c**2d-1)/64
いとこ (first cousins) F = (2d**4+2c**2d**2+c**2)d**2/32
f = 1/16
φ = (16d**6+16c**2d**4+8c**2d**2-1)/256

なおFの一般的な計算法がDenniston(1968, 1975)によって工夫されている。


親縁係数fが同じでもFが異なっている。 たとえば親子ときょうだい、異母きょうだいとおじ・めいなどは親縁係数fは同じでもFは違う値である。

数値例。

p=r=0.01、いとこ婚の子どもでAAまたはBBの頻度は (0.01)**2+0.01x(1-0.01)/16=0.00072。 一方、他人婚の子どもでは (0.01)**2=0.0010 である。 非連鎖でAABBの出現頻度は (0.00072)**2=5.2x10-7。 連鎖で組換価が10%(c=0.1)なら、AABBの出現頻度は (0.00072)**2+φpqrs = 34.6x10-7 となる。

このように 6.7倍(=34.6x10-7/5.2x10-7) の頻度増加は問題の遺伝子がまれで2座位が密に連鎖している場合に限る。 2つのまれな劣性形質の関連は同系交配と連鎖によると予測し得るが、通常の状況ではおそらくそのような解釈を下すに十分な頻度増加はみられない。


文献

Garrod AE 1902. The incidence of alkaptonuria: a study in chemical individuality. Lancet ii: 1616-1620.

Denniston C 1968. Probability and genetic relationship. Ph.D. Thesis. University of Wisconsin.

Denniston C 1975. Probability and genetic relationship: two loci. Ann Hum Genet, Lond 39: 89-104.

Haldane JBS 1949. The association of characters as a result of inbreeding and linkage. Ann Eugen 15: 15-23.

Morton NE, Crow JF, Muller HJ 1956. An estimate of the mutational damage in man frm data on consanguineous marriages. Proc Natl Acad Sci 42: 855-863.

Sutter J, Tabah L 1951. La mesure de l'endogamie et ses applications demographiques. J Soc Stat Paris 92: 243-267.


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