人獣共通感染症連続講座 第97回

ニパウイルス感染


 動物用生物学的製剤協会の機関誌「動生協会会報」に表題の解説を書きました。協会の了解を得ましたので転載します。図は割愛します。

 自然宿主がオオコウモリと疑われていますが、近くScienceに掲載されるChua, K.B.たちマレーシアグループ、CDCグループ、オーストラリアグループがまとめたReview: Nipah virus: A recently emergent deadly paramyxovirusでは、これまでに300匹のコウモリを調べた結果、いまだにウイルスは分離されず、PCRによるウイルス核酸検出も陰性とのことです。

 なお、割愛した図のうち、ウイルス系統樹はこのScience のreviewに掲載されるものと同じです。


動生協会会報 33巻2号p.1017

 1999年春にマレーシアで突如として発生が確認され多数の人の死亡に加えて100万頭近い豚の殺処分を引き起こしたニパウイルス感染は、これまでにない新しい様相を示した人獣共通感染症である。ニパウイルスは1994年にオーストラリアで人と馬の致死的感染を起こしたヘンドラウイルスと同じグループに属するものであり、ヘンドラウイルスについての研究の蓄積が、ニパウイルス感染対策には大きく貢献した。

 ニパウイルスについての研究はマレーシア、オーストラリア、米国の共同研究チームでめざましい成果を上げてきている。その現状を簡単にまとめてみる。


1.発生状況

 1998年9月にペラ州イポーの近くで脳炎患者が発生し、翌年2月初めまで続いて15名が死亡した。患者は主として成人男性で、いずれも豚との接触歴があった。マレーシア保健省とWHO日本脳炎協力センターである長崎大学熱帯病研究所の調査で日本脳炎感染によるものと診断され、豚舎への殺虫剤の散布や多数の人への不活化日本脳炎ワクチンの接種が行われた。

 第2の集団発生は1998年12月から1999年1月にかけてヌグリ・スンビラン州のシカマトの近くで起きた。つづいて第3の最大の発生が同じヌグリ・スンビラン州のブーキットペランダクで1998年12月に起きた。そのほかスランゴール州で2名の患者が見いだされた。4月上旬までの患者の週別発生状況は図1、発生地域の地理的関係は図2に示したとおりである1,2)

 当初、これらの患者は日本脳炎と診断されたが、疫学的所見は日本脳炎以外のウイルス感染を疑わせるものであった。すなわち、日本脳炎は主に子供に発生するのに今回は成人が発病していること、豚と密接な接触のある人でのみ発病していること、日本脳炎ウイルスは蚊で媒介されるのに、同じ家でも豚との接触のない人では発病がみられないこと、日本脳炎ワクチンの接種を受けた人でも発病していること、などである。

 3月1日にマラヤ大学にセレンバン病院から患者の血清と髄液が届けられ、ただちにウイルス分離が試みられた。種々の細胞に材料が接種され、そのうちVero細胞で接種5日目にシンシチウム形成が認められ、ウイルスが分離された。電子顕微鏡では160−300nmの多形性の粒子が見いだされた。このウイルスは血清学的に日本脳炎ウイルスをはじめ試験した数種のウイルスとは異なることが明らかになり、マレーシアの研究者がサンプルをCDCのフォートコリンズ支所に持参し、そこで調べた結果、アルボウイルスの可能性は否定された。一方、アトランタのCDCウイルス・リケッチア病部門で調べた結果、ヘンドラウイルス抗体と反応することが見いだされた。しかし、ヘンドラウイルスのP遺伝子1部と相同性があるものの有意な差が見いだされ、ヘンドラ様ウイルスによる感染であることが明らかになった。ウイルスの分離から遺伝子解析による同定までの期間は17日間であった。このウイルスは分離材料が採取されたクアラルンプール新空港近くのスンガイ・ニパ村の名前をとって4月上旬にニパウイルスと命名された3,4,5)

 それまでにヘンドラウイルス抗原を用いたELISAでは、日本脳炎抗体陰性の12名の患者血清にヘンドラウイルスに対するIgM抗体が検出された。死亡した患者の脳、肺、腎臓についてヘンドラウイルスに対する高度免疫血清を用いて行った免疫組織染色では、ヘンドラウイルス様の抗原が検出され、ヘンドラウイルスに類似の核酸の配列も見いだされた。さらに、発生が起きた養豚場の豚の中枢神経系、肺、腎臓でヘンドラウイルス様の抗原が免疫組織染色で検出された。

 これらの結果、人と豚に発生した脳炎は日本脳炎によるものではなく、ニパウイルス感染によることが4月上旬にはほぼ確実となった。しかし、マレーシア公衆衛生当局は日本脳炎との重感染という発表を続け、日本脳炎の名前が消えたのは5月15日付のOIEへの報告であった。

 5月初めにWHOは流行の終息を発表した。それまでの入院患者数は265名で、死亡者は105名であった。したがって致死率は約40%ときわめて高いが、入院せず軽い症状で回復した例や抗体のみ陽性の無症状感染は含まれていないため、実際の致死率は若干低くなるものと推測される。

 このほかに、3月中旬にシンガポールのある屠畜場の従業員に9名の脳炎と2名の肺炎の患者が見いだされ、ヘンドラウイルスに対するIgM抗体が検出された5,6)。このうち1名が死亡し、この患者から分離したウイルスの核酸の1部の配列はマレーシアで分離されたニパウイルスと同一であったことから、ニパウイルス感染によることが確認された。これらの患者はマレーシアから輸入した豚を取り扱った人たちであった。また、シンガポールの別の屠畜場にマレーシアから輸入した100頭の豚では4頭にニパウイルス抗体が検出された。


2.人での感染の特徴6,7,8,9)

 ニパウイルス感染の症状は脳炎が主体であって、呼吸器が冒されることは稀である。この点、オーストラリアのヘンドラウイルス感染では3名中2名が出血性肺炎で、1名にだけ髄膜脳炎が見られたことと異なる。

 潜伏期は多くの場合、4−18日である。主な症状は3ー14日間にわたる高熱と頭痛、ついで眠気、方向感覚の喪失が起こり、重症例では3−30日後に昏睡におちいり死亡する。呼吸器症状はわずかの例でみられている。

 ウイルスは患者の尿と咽頭ぬぐい液に検出され、これにもとずいて院内感染防止対策がとられた。

 人から人への伝播は稀であり、患者の看護や治療にあたった看護婦や医師、解剖を行った病理研究者では発病した人はない。しかし看護婦では抗体陽性者が数名見いだされてる。人への伝播の危険性を調べるために、さらに患者の家族、養豚場の従業員、屠畜場従業員、豚の殺処分にかかわった兵士、獣医師などについての調査が進行中である。

 治療にはラッサ熱で効果が見られる抗ウイルス剤であるリバビリンが用いられたが、その有効性ははっきりしない。


3.動物での病原性9,10)

 豚では急性の気管肺炎が主な症状である。離乳豚では呼吸困難、あらあらしい咳、開口呼吸などが主な症状で、時に間代性けいれん、筋肉れん縮、後肢の衰弱などの神経症状を伴う。

 成豚では40Cに達する急性の発熱、開口呼吸、唾液分泌過多、鼻汁(時に血液を含む)の症状が起こり、雌豚では流産の可能性もある。頭を押しつけたり、柵を咬んだり、間代性けいれんのような神経症状も呈する。死亡時には鼻から血液の混じった鼻汁を分泌することもある。爆発的な咳が1マイルも離れたところでも聞こえるということからone mile coughまたはbarking cough syndromeという病名もつけられている。

 豚での致死率はあまり高くなく、通常は2−3%、時に5%程度である。しかし、感染率は高く、95%の豚が抗体陽性の養豚場も見いだされている。

 豚での病変は肺が主体で時に脳にも見いだされる。

 豚以外の動物としては犬、猫、馬で感染が見いだされている。犬では2つの汚染地域で計92頭中43頭でニパウイルス抗体が検出された。さらに、1頭の野犬の解剖例では肺、腎臓、脾臓、心臓の組織で免疫組織染色によりウイルス抗原が検出された。また、腎臓と肝臓の組織からはウイルスが分離され、RT-PCRで増幅した産物のヌクレオチド配列によりニパウイルスと同定された。犬での症状は眼からの分泌を伴うジステンパー様のもので、主な病変は腎臓、肺、気管に見られている。

 猫ではこれまでに23匹が調べられ1匹が抗体陽性であった。この例では全身性血管炎が見いだされ、ニパウイルス抗原が髄膜の血管で検出された。

 イポーの汚染養豚場近くのポロ競技場では47頭の馬のうち、2頭に高いニパウイルス抗体が見いだされ、外見上、健康であったが殺処分された。病変は非化膿性髄膜脳炎で、髄膜で広範囲にニパウイルス抗原が検出された。そのほかに調べた1400頭の競走馬は抗体陰性であった。シンガポールの競走馬でも抗体は検出されていない。 

 クアラルンプール空港周辺には多数のネズミが生息しており、もしもこれらがニパウイルスに感染していると航空貨物などにまぎれこんで諸外国にもニパウイルスが広がるおそれが指摘されている。これまでのところ0.4%のノネズミが抗体陽性であったと伝えられているが詳細は不明である。種々の鳥類(アヒル、ニワトリ、鳩)のサンプルも採取されたが、まだ成績は報告されていない。

 感染実験はオーストラリアで豚と猫について行われた11)。豚では皮下接種群で神経症状または呼吸器症状を伴う発熱が7−8日後に見られたが、経口接種群では軽い発熱または無症状のまま抗体の陽転がみられた。同居対象群では症状はみられなかったが、ウイルスが分離されたことから同居感染が確認された。

 猫では皮下、経口ともに発熱がみられた。1匹は呼吸困難で安楽死させられ、もう1頭は回復して抗体の陽転が確認された。


4.ニパウイルスの性状

 ニパウイルスはパラミクソウイルス科に属し、この科のほかのウイルスと同様に3'-N-P-(V, C)-M-F-G-L-5'の配列から成る12)。表1に示したようにヘンドラウイルスとの間にアミノ酸配列でかなり高い相同性がみられる。パラミクソウイルスで病原性に関わる可能性のあるF蛋白の開裂部位のアミノ酸配列では1個のアミノ酸の差が存在する。両ウイルスには共通抗原性があり、たとえば免疫電子顕微鏡で調べると、抗ニパ抗体はヘンドラウイルス粒子にも結合し、抗ヘンドラ抗体は反応性は低下するがニパウイルス粒子にも結合する。これらの成績からニパウイルスとヘンドラウイルスは同じ属のウイルスとみなされる。

 当初、ヘンドラウイルスはモービリウイルス属への分類が提唱されたが、N遺伝子の系統樹(図3)に見られるように、パラミクソウイルス科の新しい属への分類が妥当と考えられている。とくに特徴的な点は、蛋白翻訳領域の間の非翻訳領域が非常に長いことである。まだL遺伝子の解析が終わっていないが、L遺伝子がほかのパラミクソウイルスと同様と仮定すると、ヘンドラウイルスのゲノムサイズは18,000ヌクレオチドとなる。ほかのパラミクソウイルスではほぼ均一で、たとえばRSウイルスは15,000ヌクレオチド、麻疹ウイルスは15,894ヌクレオチドであり、ヘンドラウイルス、それにおそらくニパウイルスも、特別に大きなゲノムを持っていることになる。

 新しい属の名称は第7回国際ウイルス命名委員会から近く発表されるはずである。オーストラリアのグループは大型ゲノムの特徴からメガミクソウイルス(Megamyxovirus)属を提唱しているが13)、この名前が採用されるかどうかは不明である。


5.ウイルスの自然宿主と伝播の背景

 ヘンドラウイルスの宿主がオオコウモリであったことから、ニパウイルスの場合にも同様のことが想像された。Australian Animal Health Laboratoryは1999年4月から1ヶ月あまりにかけてオオコウモリ8種、食虫コウモリ6種から総計324の血清を採取し、それらについて中和抗体の検索を行った。その結果、オオコウモリ4種で抗体が検出されたが、食虫コウモリからは検出されていない。抗体保有率はジャワオオコウモリが5/57 (10%)、ヒメオオコウモリが11/41 (27%)、コイヌガオフルーツオオコウモリが2/74 (3)、ヨアケオオコウモリが2/44 (5%)であった14)

 オオコウモリからのウイルス分離はまだ報告されていないが、ヘンドラウイルスの場合と同様にオオコウモリが宿主であるとことは間違いないと考えられる。

 オオコウモリから豚への感染の経路は不明であるが、最初に人の感染が見いだされたイポーの周辺の養豚場の多くは山間地であって、かっての錫の鉱山の跡地などに養豚場や果樹園が点在しており、周辺の森林地帯には多数のオオコウモリが生息していることから、果樹園に餌を求めて飛んでくるオオコウモリに豚が接触する機会はさまざまな形で考えられる。おそらくそのような際に豚への感染が起きたものと推測される。

 豚の間での伝播は感染豚の体液などを介した経口感染またはエアロゾル感染によると考えられている。しかし、畜舎の間での伝播はあまり起きていない。畜舎間での豚の移動や獣医師の診療といった動き、さらに1本の注射器による日本脳炎ワクチンの多数の豚への接種など、人的要因が豚の間での大きな広がりにかかわったものと考えられている。


おわりに

 マールブルグ病、ラッサ熱、エボラ出血熱など、これまでの新興感染症はすべて野生動物宿主から直接人が感染している。ところがニパウイルスではまず豚に感染し、そこで増幅されたウイルスが人に感染した。家畜が介在することで、これまでとは異なる様相の人獣共通感染症とみなさなければならない。マレーシアではこの20年間に養豚産業は急速に拡大し、ニパウイルス感染が大発生した3つの州には100万頭もの豚が飼育されていた。しかも、当初、日本脳炎と思いこみワクチン接種など、いろいろな人的要因がこれらの多数の豚に感染を広げてしまった。迅速な診断とそれに伴う公衆衛生対策の必要性が如実に示されている。

 自然宿主であるオオコウモリはマレーシアに限ったものではない。図4に示したように日本の南部なども含めてアジア、オーストラリアに広く生息している。オーストラリアではヘンドラウイルス感染がきっかけで、オオコウモリからヘンドラウイルスのほかに、人に致死的感染を起こした狂犬病関連ウイルス(リッサウイルス)15)、ブタの流産とヒトの呼吸器感染を起こしたことが疑われているメナングルウイルス16)という新しいウイルスが分離された。野生動物と現代社会の間に接点が生じると、未知のウイルスが出現する可能性にも留意しなければならない。


文献
  1. CDC: MMWR, 48, 265-269 (1999).
  2. CDC: MMWR, 48, 335-337 (1999).
  3. Ehserink, M.: Science, 284, 407-410 (1999).
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  5. Chua, K.B., et al.: 11th Int. Congr. Virology (Sydney), August, 1999.
  6. Lee, K.-E., et al.: Ann. Neurol., 46, 428-432 (1999).
  7. Paton, N.I., et al.: Lancet 354, 1253-1256 (1999).
  8. Chua, K.B., et al.: Lancet 354, 1257-1259 (1999).
  9. Zaki, S.R.: 11th Int. Congr. Virology (Sydney), August, 1999.
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  11. Middleton, D., et al.: 11th Int. Congr. Virology (Sydney), August, 1999.
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  13. Murray, K., et al.: Emerging Infections 1, 43- 58 (1998).
  14. Field, H., et al.: 11th Int. Congr. Virology (Sydney), August, 1999.
  15. Fraser, G.C., et al.: Emerg. Infect. Dis., 2, 327-331 (1996).
  16. Philbey, A.W., et al.: Emerging Infect. Dis., 4, 269-271, 1998.

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