人獣共通感染症連続講座 第88回

ヨーロッパでの再興感染症としてのウエストナイル熱 (西ナイル熱)


前回の講座でニューヨークでのウエストナイル熱の現状をご紹介しました。 その後のニュースをまずまとめてみます。

10月2日の時点での人の感染確認例は57名、そのうち死亡者は7名とのことです。 鳥では78羽で感染が確認され、その大部分はカラスです。 これまでに死亡が報告された鳥は5,000羽にのぼります。 カラスがもっとも発症しやすいようです。

一方、ウエストナイル熱の問題は人から馬に広がっています。 CDCは13頭の発病した馬の10頭で抗体を検出し、1頭の死亡した馬からはウエストナイルウイルスが分離されました。 フロリダ州では11月開催予定の国際ショーや競馬では馬の移動が問題になっており、ホンコンのジョッキークラブは北米からの馬の輸入の一時禁止を決めたと伝えられています。

ところで、最近送られてきたEmerging Infectious Diseases Vol. 5, No.5 (p. 643-650)に1996〜97にルーマニアで発生したウエストナイル熱を中心に本病についての示唆に富んだ総説が掲載されています。 発生状況の詳細な表や豊富な文献もついています。 著者はチェコ共和国の脊椎動物生物学研究所の人です。 これはニューヨークでの発生の前に書かれたものですが、きわめてタイムリーな発表になりました。

前回の講座で述べたことは省略して、この総説の要点をご紹介します。


「West Nile Fever - a Reemerging Mosquito-Borne Viral Disease in Europe」
ウエストナイル熱:ヨーロッパでの再興感染症として蚊が媒介するウイルス病
著者:Zdenek Hubalek and Jiri Halouzka

ルーマニアのブカレストで1996〜97年に発生したウエストナイル熱では500人以上の臨床例がみられ、致死率は10%に達した。 これは1980年代に北ヨーロッパで発生したシンドビスウイルス感染の後、ヨーロッパで起きた節足動物媒介ウイルス感染の最大のものであった。

ウイルスの分布はアフリカとユーラシアであり、ヨーロッパ以外ではアルジェリア、ロシアのアジア地域、アゼルバイジャン、ボツワナ、中央アフリカ共和国、コートジボワール、キプロス、コンゴ、エジプト、エチオピア、インド、イスラエル、カザフスタン、マダガスカル、モロッコ、モザンビーク、ナイジェリア、パキスタン、セネガル、南アフリカ、タジキスタン、トルクメン、ウガンダ、ウズベキスタンである。 人での抗体はアルメニア、ボルネオ、中国、グルジア、イラク、ケニア、レバノン、マレーシア、フィリピン、スリランカ、スーダン、シリア、タイ、チュニジア、トルコで見いだされている。 ただし、東南アジアでの陽性例にはクンジンウイルスに対する抗体によるものが含まれている可能性がある。


1. ウエストナイルウイルスの生態
  1. 節足動物ベクター

    これまでに43種類の蚊から分離されており、そのうちイエカ属が大半をしめる。 ウイルスは時折ほかの吸血節足動物(ヒメダニ、マダニ)からも分離されている。

    脊椎動物宿主としては野鳥が重要。 多くの種類の鳥類からウイルスが分離されている。 鴨と鳩への実験感染では20〜100日にわたる持続感染が見いだされた。

    ほ乳類としてはナイルサバンナネズミ、キクビアカネズミ、ヨーロッパヤチネズミ、ハムスター、ラクダ、牛、馬、犬、ガラゴ、人から稀ではあるが分離されている。 ほ乳類はウイルスの伝播には重要とは考えられていない。 蛙にも感染しこれから蚊が媒介することも確認されている。

  2. 伝播サイクル

    湿地では鳥ー蚊のサイクルであるが、乾燥地域で蚊のいないところでは鳥ーダニのサイクルが代わりをする。 ときには蛙ー蚊のサイクルもあるかもしれない。 ヨーロッパでは田園サイクル(野鳥ー蚊)と都市サイクル(家禽ー蚊ー人)の2つに限られる。


2. 臨床
  1. 3〜6日の潜伏期で突然発病する。 普通はインフルエンザ様の症状。 時に(15%以下)急性の無菌性髄膜炎や脳炎が起こる。 免疫機能が正常な人ではウイルスは血液に10日くらい検出されるが、免疫不全の人では22〜28日まで持続することがある。 完全に回復する。 死亡例はおもに50才以上の人に見られる。 アフリカでの最大の流行は南アフリカで1974年に大雨の後に起こり、3,000人が発病した。 1994年にはアルジェリアで約50人が発病し8人が死亡した。

  2. エジプトでは中近東馬脳炎と呼ばれ高い致死率を示す。 フランスでは1962〜65年に約50頭が発病、イタリアでは1998年に14頭が発病し6頭が死亡または安楽死、ポルトガルとモロッコでは94頭が発病し42頭が死亡した。

  3. 他のほ乳類

    羊への実験感染では発熱、流産。 豚と犬では無症状感染。 アカゲザルとボンネットモンキーに接種した場合には発熱などのほかに時折脳炎も起き死亡も見られた。 回復したものでは長期間ウイルスの持続感染があるかもしれない。

  4. 普通は症状を示さない。 エジプトでは鳩の自然感染で発病が見られている。 鳩、鶏、鴨、カモメ、カラスに接種すると時折、脳炎、死亡、または長期間のウイルスの持続感染が起こる。


3. ヨーロッパでのウエストナイル熱

最初のウイルス分離は1963年にフランスのローヌ・デルタで患者と蚊から行われた。 ついでボルガ・デルタ、ポルトガル、スロバキア、モルダビア、ウクライナ、ハンガリー、ルーマニア、チェコ、イタリアで分離された。


4. 将来

ベクター密度を増加させるような環境因子、たとえば潅漑、大雨、洪水、気温上昇、蚊の大量発生がこの再興感染症を引き起こす。

ヨーロッパの温暖地域での地方病となっている機構は今後の研究対象。 ウイルスは冬眠中の雌のイエカで持続しうる。 卵巣を介して感染した蚊の幼虫、慢性感染した脊椎動物(多分、鳥や蛙)も伝播にかかわる。 慢性感染した渡り鳥が持ち込む可能性もある。 そうなると現在アフリカで非常に増加しているウエストナイルウイルスがこの2,3年の間にヨーロッパに流行を引き起こすだろう。


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