人獣共通感染症連続講座 第133回

(7/11/02)

ゼラチンのBSE安全性についての研究


 

ゼラチンのBSE安全性についての研究

 BSEのヒトへの安全性にかかわる問題のうち食肉については、食肉処理場での特定危険部位の除去と迅速BSE検査による感染ウシの排除の2本立ての対策で安全が確保されているのは衆知のことです。また、このような対策の対象にはならない牛乳については本講座第127回で述べたように、BSEウシの牛乳ではマウスへの脳内接種によるバイオアッセイで感染性がみつからないという実験成績と、野外でBSEウシから(種の壁のない)子ウシに牛乳を介してBSE感染の起きている証拠がないということから安全とみなされています。
 ところで、そのほかにもウシ由来のさまざまな製品が複雑な問題を提起しています。その中でも、もっとも注目されているのはゼラチンです。これはウシの皮や骨のコラーゲンから作られるものです。その用途は、さまざまな食品への添加物、薬のカプセルをはじめ、多岐にわたっています。1996年に変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の患者が見つかり、世界的BSEパニックが起きた際に、世界保健機関WHOは、ゼラチンの安全性について、原料となる皮と骨には感染性は検出されないこと、強いアルカリと酸での処理工程が病原体の不活化に役立つことの両面から、問題はないとの見解を発表しました。国際獣疫事務局OIEもほぼ同様の見解です。
 このような見解に加えて、欧州ゼラチン工業組合は1993年から独自にゼラチンの安全性についての試験を行ってきました。その成績が2002年に出揃い、ヨーロッパで研究報告会が行われました。それに続いて、6月24日に東京でも、日本ゼラチン工業組合の主催で同様の報告会が開かれました。最初、同組合の国際委員をつとめる大塚龍郎氏がゼラチンの製造工程の概要を説明された後、欧州ゼラチン工業組合代表のミシェル・スコンチェスMichel Schoentjes博士が試験の行われた背景と実験計画を、続いて欧州連合(EU)科学運営委員会副委員長のアルバート・オスターハウスAlbert Osterhaus教授(オランダ・エラスムス大学)が実験成績と、それにもとづいたゼラチンの安全性評価について発表されました。なお、私は司会を受け持ちました。
 その内容は、ゼラチンに限らず、ウシ由来製品の安全性評価にも役立つものです。簡単にご紹介します。

 

1. スパイキングによるバリデーション

 医薬品とくに血液製剤や遺伝子工学で作るバイテク医薬品などでは、原材料にウイルスなどが混入する場合のリスク評価のために、製造工程での除去効率を実験的に調べる手法が用いられています。たとえば、血液製剤にB型肝炎ウイルスが含まれていないことを保証するためには、まず、献血者が感染していないこと、つまり原料の安全性だけでなく、製造工程でウイルスがどれくらい除去されるかを調べることが必要です。実際にはB型肝炎ウイルスの検出はチンパンジーに接種する以外に方法がありませんので、B型肝炎ウイルスによく似た性状のウイルスを大量に加えます。この添加のことをスパイキングと呼びます。そして、さまざまな製造工程でどれくらい添加したウイルスが除去されるかを測定し、全体の製造工程でのウイルス除去率を求めます。これがスパイキングによるバリデーションです。
 ヒツジやヤギの乳で医薬品を製造する、いわゆる動物工場ではスクレイピーの除去効率が、この方法で調べられています。
 欧米には、この方式でのバリデーションを受け持つ企業がいくつかあります。小規模な製造工程を実験室で再現し、いろいろな工程でスパイキングを行って、製造工程全体での除去効率を調べています。残念ながら日本にはこのような検査施設はないため、製薬企業では海外の検査施設に委託しています。なお、スパイキングによるバリデーションについては本講座第2029回でも説明してあります。
 前置きはこれくらいにして、ゼラチンについての話に入りたいと思います。

 

2. ゼラチンについての安全性評価試験の概要

 1)第1期試験:これは1993?98年にかけて、英国エジンバラにあるインバレスク研究所Inveresk Research Instituteで行われました。ここではスクレイピー病原体のME株がスパイキングに用いられました。これはマウスで植え継いだもので、マウス順化株ということになります。この試験ではゼラチンの製造工程が充分に反映されていないこと、試験にゼラチン製造の専門家が立ち会っていないこと、また、ME株はBSE病原体よりも熱に弱いといった点が問題点として指摘されています。

 

 2)第2期試験:1997年から2002年にかけて行われた大規模な試験です。第1期試験は1カ所の研究施設で行われましたが、第2期試験では英国の家畜衛生研究所エジンバラ神経病理ユニット、オランダのDLO動物科学・衛生研究所DLO Institute for Animal Science and Healthとボルチモア研究・教育財団Baltimore Research and Education Foundationの3カ所で行われました。このうち、エジンバラ神経病理ユニットはスクレイピー、BSE、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の研究で世界的に有名です。一方、オランダの研究所はアムステルダム郊外の埋め立て地に建設された畜産、家畜衛生の研究施設です。本来、国の研究所でしたが、現在は独立行政法人のようなものだと思います。私は建設当時から何回か訪問し、3年ほど前にも訪問したことがありますが、基礎から応用、さらに企業との共同研究など活発な活動を行っています。プリオン病の領域では、スクレイピーのヒツジの扁桃についての生前診断の研究が有名です。ボルチモアの研究施設はローワーRohwer, R.G.が担当しています。彼は以前、ボルチモアの在郷軍人メディカル・センターの研究施設でバイテク医薬品についてのスクレイピーによるスパイキング試験を行っていた人です。今回もスクレイピーをスパイキングに用いて、後で述べる液状の試料についてのスパイキングを行いました。
 スパイキングに用いたものは、スクレイピーの263K株とBSEのマウス順化301V株です。263K株はハムスター順化株で、ハムスターに接種した場合の潜伏期が短いこと、また、ME株よりも熱抵抗性が強く、ほぼBSEに相当するとみなされています。263K 株はハムスターの脳内接種、301V株はマウスの脳内接種で感染価が求められました。すなわち、種の壁のない状態での感染価の測定になります。
 この試験ではゼラチンの製造工程をなるべく忠実に再現し、また、ゼラチン製造の専門家が試験に立ち会っています。

 

3.安全性の評価結果

 骨を砕いた出発材料に添加(スパイク)した病原体は1グラム中に108 ID50(1億単位)のもので、これは現実に起こりうる交差汚染量の1000倍に相当します。感染単位の減少の程度が除去効率になりますので、高い単位が必要になるわけです。試験の成績は301V と263K株はほぼ同じでした。
 代表的な製造工程のひとつのアルカリ処理の除去効率は104.8以上でした。すなわち、出発材料中の病原体の量が104.8(約9万)分の1以下に低下したことになります。酸処理の場合もほぼ同じ成績です。
 一般的なゼラチン製造法ではありませんが、133℃、3気圧、20分の加圧・加熱処理を行った場合の除去効率は106.6以上でした。
 ついで、ゼラチン液になったものについての製造工程での除去効率は、濾過とイオン交換で101.0、超高温での短時間加熱(138℃、4秒)で10 3.0でした。この両方の処理で病原体の量は104.0、すなわち1万分の1に低下したことになります。
 したがって、第1段階の原料処理(アルカリまたは酸処理)での除去効率と第2段階のゼラチン液処理での除去効率を合わせると、病原体は検出限界以下になったことになります。

 

4. 結論

ゼラチンのBSEリスクでは、原料の皮には問題はなく、骨での交差汚染が問題です。しかし今回の試験で、ゼラチンの製造方法そのものがBSEの除去に非常に効果的であることが定量的に証明されたことになります。2000年秋にヨーロッパでBSE発生の急増が起きたことから、EUでは2001年からBSE対策を強化しましたが、それ以前の2000年まででも、ゼラチンのBSEリスクは限りなくゼロに近く、許容できるレベルであったとみなされます。
 2001年からEUでは、迅速BSE検査が義務づけられて感染ウシが排除され、また、脊椎も特定危険部位に指定されたことで、原料へのBSE汚染の可能性はさらに低下しました。それらの効果を計算した結果、オスターハウス教授はリスクのレベルは2000年までの約600分の1に低下したと述べていました。
 つまり、2000年までも安全性に問題はなく、2001年以後はより一層高い安全性になったということになります。

 


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