人獣共通感染症連続講座 第130回

(6/4/02)

 ヒトからペットサルへの致死的ウイルス感染  


 
「ヒトからペットサルへの致死的ウイルス感染」

 サルのヘルペスウイルスであるBウイルスは、カニクイザルやニホンザルなど東南アジア産のマカカ属サルに感染しているウイルスです。ヒトの単純ヘルペスウイルスと同じグループのアルファヘルペスウイルス亜科に分類されており、両者は非常によく似ています。Bウイルスはサル、単純ヘルペスウイルスはヒトで、それぞれ時折、口粘膜潰瘍を起こす程度で、普通は神経細胞の中に潜んでいて病気を起こしません。しかし、サルのBウイルスにヒトが感染すると70%もの致死率の脳炎になります。そのため、Bウイルスはサルを用いる研究でもっとも慎重な対策がもとめられているものです。その点については、これまでに本講座(758694回)でとりあげてきました。

 ところで、Bウイルスの場合とはちょうど逆に、ヒトであまり病気を起こさない単純ヘルペスウイルスがサルに致死的な病気を起こしたことが、CDCEmerging Infectious Diseases, Vol. 8, No. 6(6月号)に報告されています。動物からヒトではなく、ヒトから動物への感染例ということになります。その内容を簡単にご紹介します。

 報告しているのは、オーストリアのインスブルック大学のハートウイグ・ヒューマーHartwig Huemerたちです。

 感染したのは、9ヶ月前にペットショップから購入した2歳令の雄のコモン・マーモセットです。6日ほど前からひどい口内炎にかかっており、飼い主の女性が獣医科病院に連れていきました。たまため、その2,3日前にこのサルは来客の手を咬んだため、ヒトへの感染のおそれを否定するために口腔粘膜のサンプルが採取されました。サルはその2日後に死亡しました。解剖は拒否されたので、口腔粘膜サンプルについての検査が行われました。

 その結果、培養細胞では細胞変性効果を示すウイルスが分離され、ヒトヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルス)と判定されました。ヒトヘルペスウイルスには1型と2型があるため、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)でウイルス遺伝子を調べた結果、1型でした。

 サルやヒトが感染するヘルペスウイルスには、ほかにもいくつかありますが、それらとは異なることも確認されました。

 マーモセットは新世界サルですが、旧世界ザルではヒトヘルペスウイルスの感染が報告されており、多くはヒトの場合と同様に軽い病気で、稀にゴリラやテナガザルで致死的感染が報告されているだけです。一方、マーモセットのヒトヘルペスウイルス感染はドイツのゲッティンゲンにある霊長類センターで起きたことがあり、3日間ですべてのマーモセットが死亡しました。おそらくサルからサルへと感染が広がったものと考えられています。

 人獣共通感染症といっても、ほとんどの場合は動物からヒトへの感染が問題になっていますが、その逆も起こりうるわけです。

 なお、この報告を読んで、1960年代、東大医科研の病理学研究グループがサルを解剖した際に起きたBウイルス騒ぎを思い出しました。

 バイオハザードの認識が生まれる前で、ゴム手袋もせずサルの解剖を行ったところ、内臓に激しい病変がみつかり、Bウイルス感染が疑われたのです。解剖に関わった人たちは感染は免れないと覚悟したそうです。しかし幸い、当時、予研でBウイルスとヒトヘルペスウイルスを区別できる抗体が作られていました。ポリオワクチンの検定用のサルから分離したBウイルスについての研究の成果のひとつでした。当時は病原体の危険度分類ができる前でP4実験室の概念も導入されていませんでした。

 その抗体で調べた結果、サルはBウイルスではなく、ヒトヘルペスウイルスに感染していたことが明らかにされたのです。

 


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