人獣共通感染症連続講座 第50回 SV40と人の癌の関連が再燃

(2/15/97)

SV40はパポーバウイルス科に属するDNAウイルスで、主にアジア産のマカカ属サル、とくにアカゲザル、ニホンザル、タイワンザルの腎臓細胞培養で見いだされています。 1960年に不活化ポリオワクチンの中から見いだされたものです。 1~2年後に、これがハムスターに腫瘍を作ることが報告されてから、大きな社会問題にまでなったものです。 米国だけで9,800万人が1950年代後半に、SV40に汚染した不活化ポリオワクチンの接種を受けたものと推定されていました。 また数ははるかに少ないものの、同様に汚染した不活化アデノワクチンの接種も受けた人たちが居ます。

ワクチン接種を受けた人たちについての大規模な追跡調査の結果、これらの人たちでとくに、癌の発生が高い傾向はみられず、一応この問題は収まっていました。

これだけ多数の人がSV40にさらされた事実は、スローウイルス感染の領域でも取り上げられたことが何回かあります。 麻疹ウイルスが脳内に平均6年間潜伏したのちに、100万人にひとりの割合で起こる代表的スローウイルス感染である亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の原因が麻疹ウイルスであることが示された当初、1970年代には、麻疹ウイルスに加えて、第2のウイルスも関与しているという説が出され、その第1候補としてSV40があげられました。 しかし、現在では、このことは否定されています。

もうひとつのスローウイルス感染である進行性多巣性白質脳症(PML)は、SV40と同じパポーバウイルス科のJCウイルスによる脱髄脳炎ですが、これでもSV40が分離され、原因のひとつといわれたことがあります。 これは、後に遺伝子構造からJCウイルスであることが明らかになっています。

ところで、このSV40が人の癌の中で見いだされたというニュースがサイエンス2月7日号(Elizabeth Pennisi: Monkey virus DNA found in rare human cancers, Science 275, 748-749, 1997)に出ています。 デジャビュ Deja vu(昔見たことがある映像)というタイトルでSV40の電子顕微鏡写真が付けられた記事ですが、私にとっても、まさにデジャビュです。 私が予研に居た1960~70年代、SV40は癌ウイルスの花形でたくさんの研究が行われていました。 現在では、遺伝子組換え用のプラスミドの主要構成要素としてお目にかかる位になっていました。 それが、ふたたび人の癌との関連で問題になってきたという訳です。
この記事の要点をご紹介します。

最近、SV40 DNAが人の骨の癌、脳腫瘍、中皮腫(かってはアスベストに結びつけられていた結合組織、とくに胸膜の腫瘍)で見つかったことから、先週、米国保健研究所NIHで約250人が集まって2日間にわたるワークショップが開かれました。 その結果、30年前と同じ結論、すなわち、初期のポリオワクチンに混入していたSV40は公衆衛生上の危険をもたらしていないというものでした。 しかし、疫学的な検討結果だけで、問題が解決したわけではありません。

ポリオワクチンが使用される以前の人たちでもSV40が人に感染していたという成績があります。 これが少数かもしれないがある種の癌の原因になっている可能性はないのか。 中皮腫のなかにアスベストが関わっていないものがあるが、その原因になってはいないか。といった議論が行われています。

このワークショップが開かれるきっかけになったのは、1992年、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所の研究者がSV40遺伝子導入トランスジェニックマウスで脳の脈絡叢に腫瘍が起きることを見いだしたことです。 そこで、人の脳腫瘍について、ポリメラーゼチェーン反応(PCR)で調べたところ、20例の脈絡叢の腫瘍の半分と、上衣の腫瘍11例中10例にSV40 DNAが検出されました。 この結果に驚いてSV40の専門家にサンプルをブラインドで送って調べてみてもらったところ、成績が確認され、さらに1例の新鮮な腫瘍からはウイルスが分離され、遺伝子解析でSV40であることが確かめられました。

SV40 DNAを含む癌の種類はさらに増えて、1994年にはNIHで48例の中皮腫の60%にSV40 DNAが検出されています。 またダナ・ファーバーでは18例の骨肉腫の半分以上にSV40 DNAを検出し、さらに150例の骨の腫瘍のうち、126例の骨肉腫のうちの40例、ほかの骨の腫瘍34例のうちの14例で検出しています。 これらの知見がきっかけになって、今回のワークショップが開かれたわけですが、SV40に汚染したポリオワクチン接種を受けた人についての疫学的検討では癌の発生が増えた証拠はないとみなされました。

ただし、SV40 DNA検出について、同じサンプルで調べても陰性であったというグループの成績もあり、その食い違いの理由は今のところ明らかではありません。

また、ポリオワクチン接種以前にすでに人の間でSV40の感染のあった可能性もあります。 ワクチン接種を受けていない人の間で、5~12%にSV40に対する抗体が見いだされたとの成績もあります。

FDAではもっとすぐれたPCR法と抗体スクリーニング法を開発するとのことです。 これから、SV40と人の癌の関連についての検討が進むものと思われます。