人獣共通感染症連続講座 第134回 E型肝炎は人獣共通感染症か?

(9/1/02)

E型肝炎は人獣共通感染症か?

7月21日付け読売新聞の朝刊のトップに「E型肝炎で3人死亡、90年代以降国内で初の確認」という記事が掲載され、翌22日には、ふたたびトップで「E型肝炎:ブタからウイルス検出」という見出しの記事が掲載されました。記事の内容そのものは正確でしたが、この2つの見出しは、あたかも、ブタのウイルス感染で3人が死亡したかの印象を与えました。
この報道に対して8月21日付けの全国農業新聞が「無責任なE型肝炎報道」という特集を掲載し、その中で私がブタE型肝炎ウイルスについての現在の知見を簡単に紹介しました。これをもとに、もう少し詳しく、このウイルスと人獣共通感染症の関連について解説してみようと思います。
E型肝炎ウイルスは、小型のRNAウイルスで以前はカリシウイルス科に分類されていましたが、1990年代終わりに、この科からはずされ、現在は未分類になっています。インド、中国大陸、アフリカなど発展途上国に常在するウイルスで、主に若い成人で感染を起こし、妊娠した女性の場合には20%にも達する致死率を示します。しかし、先進国にはほとんど存在していません。糞便に排泄されたウイルスによる経口感染が主な感染ルートで、飲料水からの流行がしばしば起こります。
ところが、1990年代前半頃から先進国の人々で、このウイルスの常在国に旅行したことがないのに、ウイルス抗体が検出されることが報告されるようになりました。そこで、人以外の動物がE型肝炎ウイルスを保有していて人への感染源になっている疑いが持たれるようになったのです。1997年には米国で、ウイルス常在国に旅行したことがない2名の急性E型肝炎の患者が見つかり、彼らから2株のE型肝炎ウイルスが分離されました。このうちの1株はブタに実験的に感染を起こすことも確かめられました。これがきっかけで、人への感染源としてブタが注目されるようになりました。
同じ1997年に、米国のブタから新しいE型肝炎ウイルスが見つかりました。このウイルス粒子の表面の主要タンパク(カプシド抗原)の遺伝子構造を人のE型肝炎ウイルスと比較すると、アミノ酸レベルで約90%が一致しており、近縁だが別のウイルスとして、ブタE型肝炎ウイルスと命名されました。このウイルスに感染したブタでは症状は出ていません。しかし、顕微鏡で調べると非常に小さな肝炎の病変が見つかっています。この論文では、異種移植のドナーとしてブタの利用についての注意が喚起されており、さらに、このブタE型肝炎ウイルスを人のE型肝炎に対する生ワクチンとして利用できるかもしれないということも述べられています。ジェンナーが天然痘ウイルスとは別の牛痘ウイルス(現在、種痘ワクチンのウイルスは牛痘ウイルスではなく、これとは別のワクチニアウイルスということが明らかになっていますが)を種痘に用いたのと同じような考え方です。
その後、E型肝炎ウイルス抗体を持つブタは、ネパールや中国のようなウイルス常在国だけでなく、米国、カナダ、韓国、台湾、スペイン、オーストラリア、ニュージーランドなど非常在国でも見つかっています。ブタ以外にも、ヒツジ、ヤギ、齧歯類、イヌでも報告されています。
日本では、自治医大の岡本宏明先生が海外渡航歴のない1名のE型肝炎の患者からE型肝炎ウイルスを分離され、一方で栃木県のブタの血清サンプルから検出したブタE型肝炎ウイルスの遺伝子構造が、この患者のウイルスとよく似ていることを見いだし、ブタから人へのE型肝炎ウイルスの可能性を指摘されています。
ブタE型肝炎ウイルスは、米国での実験ではアカゲザルやチンパンジーに無症状感染を起こすことが確かめられていますが、ヒトに感染を起こしたという証拠はありません。一方、CDCはE型肝炎が見いだされたことのないモルドバ共和国(ウクライナとルーマニアの間の小国)で、養豚農家やブタの出産の手伝いをした人と、ブタにまったく接触していない人についてE型肝炎ウイルス抗体の保有状況を比較調査し、その結果が2001年暮れに発表されました。それによれば、前者で51%、後者で25%という成績が得られています。ブタに接する職業の人では感染の可能性が対照群の人より2倍高いという結果です。これもまた、ブタから人への感染の可能性を示すものと考えられますが、対照群の人でも25%に抗体が見いだされたことをどう説明するのか、見解は述べられていません。
このように、ブタから人への感染について、まだはっきりした証拠はありませんが、その可能性を考慮して、養豚などブタに接する人では糞便からの感染を防止するよう、衛生管理に注意する必要が考えられます。
一方、このウイルスは簡単に加熱で死滅します。もともと豚にはトリヒナという寄生虫が感染していることがあります。人がこれに感染した多くは無症状ですが、稀には重症になる可能性もあります。食肉処理場では、この寄生虫についての検査を行っていますが、豚肉は必ず加熱調理した上で食べることになっています。したがって、このウイルスの存在は食肉の安全性に影響を与えるものではありません。